212話 受け継がれる戦技*
ー デュラハン将軍の指導が始まってから一年。
マユミの成長は、少しずつではあるが確実に進んでいた。以前のように、ただ力不足を嘆くことはなくなった。
身体の使い方
魔力の流し方
相手との距離の取り方
戦うために必要な基礎を、一つずつ積み重ねている。それでも、まだ足りないものがあった。それは自分だけの戦い方だ。
◇
「今日は武器を見に行く。」
ある日の訓練後。
突然そう告げられ、マユミは目を瞬かせた。
「武器、ですか?」
「ああ。」
デュラハン将軍は頷く。
「今のお前は、私の動きを真似ているだけだ。」
その言葉に、マユミは少し俯く。確かにそうだった。
構え方も。
足運びも。
攻撃の仕方も。
すべては目の前の偉大な武人を追いかけているだけ。
「悪いことではない。」
将軍は続けた。
「最初は誰もが模倣から始まる。だが、いつかは自分だけの形を見つけなければならない。」
マユミは小さく頷いた。
◇
向かった先は、魔王城の地下にある武器保管庫だった。
そこには数え切れないほどの武器が眠っていた。
長年使われていない古い武器。
過去の将軍たちが残した装備。
特殊な魔力を宿した武具。
どれも一流の品ばかりだった。
「好きに見てみろ。」
言われ、マユミはゆっくり歩く。
剣。
槍。
弓。
斧。
どれも美しく、強そうだった。
しかし、なぜか心が惹かれるものはなかった。
その時だった。
「……?」
棚の奥の古びた箱の隙間から、何かが見えた。
「師匠。」
「どうした。」
「あれは……?」
デュラハン将軍が箱を取り出す。中に入っていたのは、一つの扇だった。
黒い骨組み。
薄い金属の羽根。
広げると、表面には細かな魔法文字が刻まれている。
「戦扇か。」
将軍が呟く。
「知っているんですか?」
「……。」
しかし、将軍は答えなかった。
いや、答えられなかった。
"知っている"とは思った。
だが、どこで、誰から、なぜ。
その記憶はどこにも存在しない。
ただ、手に取った瞬間、身体だけが反応した。
「……。」
無意識に扇を開く。
足が動く。
身体が流れる。
自然と構えが完成していた。
「師匠?」
マユミの声で、デュラハンは我に返る。
自分でも驚いていた。
なぜ今の動きができたのか。
なぜ、この武器の扱い方を知っているのか。
何も思い出せない。
それでも、身体だけが覚えていた。
◇
「もう一度。」
将軍は静かに扇を構えた。
そして、一歩踏み出す。
舞うような動き。
流れるような足運び。
扇が空気を切る。
次の瞬間、少し離れた場所に置かれていた木の的が、音もなく切り裂かれた。
「……すごい。」
マユミは息を呑む。
剣のような力強さではない。
槍のような鋭さでもない。
相手の動きを読み、流れを奪い、魔力の刃で制する。
美しいのに、恐ろしい。
そんな戦い方だった。
「これは……。」
将軍は扇を見つめる。
「私が使える技術だ。だが、なぜ使えるのかは分からない。」
マユミは驚いた。
「師匠でも、分からないことがあるんですか?」
「ああ。」
デュラハンは淡々と答える。
「私には過去の記憶がない。」
初めて聞く事実だった。
「何者だったのか。
どこで戦っていたのか。
誰にこの技を教わったのか。
何も覚えていない。」
しかし、扇を握る手には迷いがなかった。
「だが、この身体は覚えている。」
将軍は静かに言った。
「記憶より深い場所に刻まれた技術なのだろう。」
◇
その日から、マユミは戦扇の基礎を教わることになった。ただし、将軍自身も手探りだった。
技の名前も
流派の名も
由来も
何一つ分からない。
それでも、身体が覚えている動きを一つずつ伝えていく。
「ここは力を入れるな。」
「流れを止めるな。」
「相手を見るのではなく、相手の動きを感じろ。」
剣とは違う。正面からぶつかる戦いではない。
相手の力を受け流し、風のように動く。
マユミは何度も失敗した。
扇を落とす。
足がもつれる。
魔力の流れを乱す。
それでも、不思議と楽しかった。
初めてだった。誰かの真似ではなく、自分自身の戦い方を作っている気がした。
◇
数週間後。
訓練を終えたマユミは、大切そうに戦扇をしまった。
「師匠。」
「なんだ。」
「この技術……私が受け継いでもいいんですか?」
デュラハンは少し黙る。そして頷いた。
「構わない。私の記憶には残っていない。だが、次に残す者は必要だ。」
マユミは扇を見る。これはただの武器ではない。
記憶を失った将軍の身体に残された、過去の欠片。それを自分が繋いでいく。そう思うと、胸の奥が熱くなった。
「大切にします。」
「ああ。」
短い返事。だが、その声には確かな信頼が込められていた。
こうして、後に「戦扇の姫」と呼ばれることになるマユミの戦い方は始まった。
それは、記憶を失った母親が身体に刻んだ技術を、ぞうとは知らないまま一人の娘が未来へ繋ぐ物語の始まりだった。




