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211話 伝えられるもの


「終わりだ。」


 将軍の一言で訓練は止まった。


「……すみません。」


 マユミは肩を落とす。


「何を謝る。」

「一本も当てられませんでした。」

「当然だ。」


 あまりにも即答だった。マユミは思わず顔を上げる。


「今のお前では、一万回やっても当たらん。」


 言葉は厳しい。だが、不思議と馬鹿にされているようには感じなかった。


「では、なぜ当たらないと思う?」

「力が……弱いから?」

「違う。」

「魔力が少ないから?」

「違う。」


 将軍は木剣を受け取る。


「構えだ。」


 そう言って、マユミが先ほど立っていた位置へ移動する。


「足幅。重心。視線。呼吸。その、すべてが崩れている。」


 木剣をゆっくり構える。たったそれだけなのに、隙がまるで見えない。


「強い者ほど、基礎を疎かにしない。逆に、基礎がない者は、どれほど強力な魔法を覚えても必ず壁にぶつかる。」


 マユミは真剣な表情で聞いていた。


「今日から三か月間、剣は振らせん。」

「えっ!?」

「まず姿勢を覚えろ。」


 マユミは驚きを隠せなかった。剣を教えてもらえると思っていた。強い魔法を教えてもらえると思っていた。しかし将軍が命じたのは、ただ立つことだった。


     ◇


「もう一度。」

「はい。」

「違う。」

「はい。」

「腰が浮いている。」

「はい!」


 何度も。

 何度も。

 ただ立つ。

 ただ構える。

 それだけを繰り返す。

 日が昇る頃には、足は震え、腰は悲鳴を上げていた。


「今日は終わりだ。」


 将軍が告げる。


「ありがとうございました!」


 マユミは深々と頭を下げた。将軍はその姿を見て、小さく頷く。


「明日も同じだ。」


     ◇


 その日の昼休み。


 図書室へ行くと、メアが手を振った。


「おはよう……じゃないね。」

「お疲れ様?」


 マユミは苦笑した。


「そんなに疲れてる顔?」

「うん。」


 メアは椅子を引く。


「何があったの?」


 マユミは朝の出来事を話した。三か月剣を振らせてもらえないこと。姿勢だけを教えられたこと。何もできなかった自分のこと。話し終えると、メアは少し考え込んだ。


「それって。」

「うん?」

「すごい先生なんじゃない?」

「え?」

「普通なら強い技を教えて終わりだよ。」

「でも、その将軍様は一番大事なところから教えてくれてる。」


 マユミは少し驚いた。そんな考え方をしたことがなかった。


「そう……なのかな。」

「うん。」


 メアは笑う。


「マユミがちゃんと強くなれるように。急がず、一歩ずつ。きっとそう思ってるんじゃないかな。」


 その言葉を聞き、マユミの胸が少し温かくなった。


     ◇


 翌朝。


 マユミは再び第一訓練場へ立っていた。将軍は何も言わず木剣を渡す。


「構えろ。」

「はい!」


 昨日より少しだけ自然に立てた気がした。将軍はそれを見て、ほんの僅かに頷く。


「昨日より良い。」


 その一言だった。


 たった一言。それだけなのに、マユミは胸がいっぱいになった。

 サヤを亡くしてから。

 父に見放されてから。

 努力を認めてもらえたのは、初めてだった。


 その日からマユミは、雨の日も、雪の日も、毎朝誰より早く訓練場へ通い続ける。


 才能はなくてもいい。

 成長が遅くてもいい。

 積み重ねた努力だけは、決して裏切らない。


 それが、デュラハン将軍から最初に教わった、何より大切な教えだった。

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