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210話 新たな師

 デュラハン将軍の帰還は、魔王城に大きな歓声をもたらした。


 東方諸国への遠征。十年以上に及んだ戦いは、魔王軍の勝利で幕を閉じた。複数の国が魔王へ恭順を誓い、莫大な資源と領土がもたらされたのである。その立役者こそ、デュラハン将軍だった。


     ◇


「報告しろ。」


 玉座の間で魔王が告げる。

 デュラハン将軍は片膝をついたまま、そこにはない頭を垂れた。


「東方六か国、すべて制圧いたしました。損害は想定の範囲内です。」


 淡々と報告が続く。


 戦況

 戦死者数

 補給路

 新たな鉱山


 どれも国家にとって重要な内容だった。


 魔王は静かに頷く。


「よくやった。」


 その一言だけだった。将軍もまた、それ以上の褒賞を望まない。報告を終えると、静かに立ち上がる。


 その時だった。将軍の視線が、先ほど閉じられた玉座の間の扉へ向く。


「……先ほどの子は?」

「娘だ。マユミという。」


 魔王は簡潔に答えた。

 将軍は少しだけ考えるように黙った。


「なるほど。」


 その一言だけを残し、再び魔王へ向き直る。


「陛下。」

「まだ何かあるか。」

「一つ、お願いがございます。」


 側近たちの視線が集まる。デュラハン将軍が自ら願い出ることは珍しい。


「願いとは?」

「マユミ様の教育係を、私にお任せいただけないでしょうか。」


 一瞬、玉座の間が静まり返った。


「将軍?」


 側近の一人が思わず声を漏らす。魔王もわずかに眉を動かした。


「理由を聞こう。」

「先ほど、少しだけ気配を感じました。」


 将軍は静かに答える。


「未熟ではありますが、芯は折れておりません。戦場では、そのような者ほど大きく化けることがあります。」


 魔王は無言で将軍を見つめる。


「半魔ゆえ成長が遅いだけかもしれません。あるいは、本当に才能がないだけかもしれませんが。ですが、それを見極めるには早計かと。」


 側近たちは顔を見合わせた。

 魔王は玉座にもたれかかる。


「……好きにしろ。」


 興味なさそうな声だった。


「失敗したところで失うものはない。好きなように試せ。」

「はっ。」


 将軍は深く頭を下げた。それで話は終わった。


 魔王は再び書類へ目を落とす。娘の話など、すでに終わった案件であるかのように。


     ◇


 翌日。


 放課後の図書室。


「マユミ様。」


 見慣れない兵士が姿を現した。


「デュラハン将軍がお呼びです。」


「……私を?」

「はい。」


 突然の呼び出しに、マユミは目を丸くする。

 隣ではメアも驚いていた。


「何か悪いことした?」

「分からない……。」


 心当たりはない。それでも将軍の命令を断ることなどできない。


「行ってくるね。」

「うん。」


 メアは心配そうに見送った。


     ◇


 訓練場。


 そこには漆黒の鎧をまとったデュラハン将軍が、一人で立っていた。近づくだけで空気が張り詰める。それでも恐ろしいというより、不思議と落ち着く威圧感だった。


「参りました。」


 マユミが頭を下げる。将軍はゆっくり頷いた。


「そう固くなるな。」


 落ち着いた声だった。


「私は今日から、お前の教育を任された。」

「教育……ですか?」

「そうだ。」


 将軍はマユミをじっと見つめる。


「陛下はお前に期待していない。」


 その言葉に、マユミの肩が小さく震えた。


「だが、それは私には関係のないことだ。」


 将軍は続ける。


「私は他人の評価で人を判断しない。自分の目で見て、自分で決める。」


 マユミは思わず顔を上げた。父とは違う言葉だった。そして背を向ける。


「明日の日の出前。第一訓練場へ来い。遅刻は許さん。」

「はい!」


 マユミは力強く返事をした。将軍は振り返らず、そのまま静かに訓練場を後にする。一人残されたマユミは、小さく拳を握った。


 初めてだった。才能ではなく、自分自身を見ようとしてくれる人に出会えたのは。その背中を見送りながら、マユミは胸の奥に小さな希望が灯るのを感じていた。


 ――この人についていこう。


 そう心に決めた瞬間だった。

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