208話 二人だけの勉強会*
翌日の昼休み。
マユミが図書室へ向かうと、昨日と同じ窓際の席でメアが本を読んでいた。
マユミに気付くと、メアはぱっと顔を明るくする。
「あっ、マユミ!」
「お待たせ。」
「来てくれると思わなかった。」
「約束したから。」
その一言だけで、メアは嬉しそうに笑った。それだけでマユミも自然と笑顔になる。誰かが自分を待っていてくれる。そんな当たり前のことが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。
◇
その日から二人は毎日図書室で昼食を食べるようになった。
「今日は何を読んでるの?」
「魔法陣の本。」
「難しそう……。」
「面白いよ。」
マユミが本を差し出すと、メアは数ページ読んで首を傾げた。
「……全然分からない。」
その反応が可笑しくて、二人は思わず吹き出した。
「じゃあ、教えてあげる。」
「本当?」
「うん。」
マユミは紙を取り出し、魔法陣を一つずつ描きながら説明を始めた。複雑な理論も、できるだけ分かりやすく言葉を選ぶ。サヤに絵本を読んでもらった日のことを思い出しながら。
「なるほど!」
メアは目を輝かせた。
「先生より分かりやすい!」
「そ、そんなことないよ。」
「あるよ!」
無邪気に褒められ、マユミは少し照れてしまう。
◇
それからというもの、二人だけの勉強会が始まった。座学はマユミが教える。
歴史
魔法理論
政治
どの教科も、マユミは驚くほど理解が早かった。
「ここは丸暗記じゃなくて、流れで覚えるといいよ。」
「あっ、だから前の出来事が次に繋がるんだ!」
「そうそう。」
メアは何度も頷きながらノートを書き進める。分からないところは素直に質問し、理解すると満面の笑みを浮かべた。そんな姿を見ていると、教えることが楽しくなってくる。
◇
もちろん、教わるだけではなかった。
「今日は私が教える番。」
メアは胸を張る。
「え?」
「魔力操作。」
サキュバスは攻撃魔法こそ苦手だったが、魔力を繊細に操る技術には長けていた。
「マユミ、魔力を出すとき力みすぎ。」
「そうなの?」
「うん。もっと力を抜いて。」
メアはマユミの手をそっと包み込む。
「水をこぼさないように運ぶ感じ。」
「水……。」
「勢いよく流すんじゃなくて、ゆっくり。」
マユミは言われた通りに魔力を流してみる。すると、今までよりも滑らかに魔力が循環した。
「あっ!」
「できた!」
メアが嬉しそうに拍手する。
「すごい……。」
「マユミは覚えるのが早いね。」
今度はマユミが照れて笑った。
◇
数週間後。
小テストの返却日。
「メア。」
「はい!」
教師が答案を返す。以前なら赤点ぎりぎりだった点数が、大きく伸びていた。
「えっ……。」
メアは何度も答案を見直す。
「七十八点……。」
思わず目を潤ませた。初めて胸を張れる点数だった。
「やったじゃん。」
マユミも自分のことのように喜ぶ。
「ありがとう!」
メアは勢い余ってマユミへ抱きついた。
「わっ!」
周囲の生徒たちが振り向く。
「……あいつら、また一緒にいる。」
「落ちこぼれ同士、気が合うんじゃない?」
「王女様も変わってるよな。」
聞こえるように笑う者もいた。だが、二人はもう気にしなかった。
笑いたければ笑えばいい。今は、それよりも嬉しいことがある。
◇
放課後。
いつもの図書室。
「マユミ。」
「なに?」
「私ね。」
メアは少し照れながら言う。
「今まで勉強が嫌いだった。」
「うん。」
「でも、今は好き。」
「どうして?」
「マユミと一緒だから。」
その一言に、マユミは目を丸くした。
「私も。」
「え?」
「学校は嫌いだった。」
「うん。」
「でも、図書室だけは好き。」
「それは?」
マユミは少しだけ照れくさそうに笑う。
「メアがいるから。」
二人は顔を見合わせる。そして、どちらからともなく笑い出した。図書室の静かな空間に、小さな笑い声が響く。サヤを失ってから空いていた心の穴は、まだ完全には埋まらない。
それでも、その隣には一緒に笑ってくれる友達がいる。
マユミは初めて思った。
――この学舎にも、私の居場所がある。
その小さな居場所は、たった一人の親友が作ってくれた、大切な場所だった。




