203話 首なき女王*
重い扉がゆっくりと開かれる。
魔王城最深部――円卓の間。
そこには魔王軍を束ねる幹部たちが集っていた。
巨大な鬼族。
翼を持つ魔族。
老いた大魔導士。
妖艶な女悪魔。
そして、幾多の戦場を潜り抜けてきた将たち。
彼らの視線が、一斉に入口へ向けられる。漆黒の鎧をまとった一人の女騎士が、静かに姿を現した。
腰には巨大な魔剣。一歩進むごとに、空気そのものが重く沈んでいく。
「これが……」
「新たな将か。」
誰かが小さく呟く。
その女騎士は魔王の前で跪き、自らの頭を抜いて脇に抱えた。まるで兜を脱ぐかのように。その所作の美しさと圧力に歴戦の幹部たちですら息をのんだ。魔王は玉座から立ち上がる。
「紹介しよう。」
静かな声が広間に響く。
「新たなる将――デュラハンの女王だ。」
ざわめきが広がる。デュラハンは珍しい種族である。さらに王位種ともなれば建国伝承にしか現れないような存在である。
「面を上げよ。」
女王はゆっくりと顔――否、首のない身体を起こした。
青い炎がわずかに揺れる。
「お前には東方方面軍の司令官を任せる。」
魔王は静かに告げる。女王は短く答えた。
「……御意。」
その声には感情の起伏がほとんどなかった。
まるで、生まれたばかりの人形のように。
◇
謁見が終わり、女王は一人、訓練場へ案内される。
「その力を見せてもらおう。」
教官役の将軍が剣を抜いた。
「遠慮は不要だ。」
女王は無言で魔剣を構える。
次の瞬間だった。
姿が消えた。
「なっ――」
金属音が響く。教官の剣は宙を舞い、数歩遅れて地面へ突き刺さる。勝負は一瞬だった。
誰も女王の剣筋を見切れなかった。だが、その剣筋はかつて彼女が愛した男のそれと同じものだ。
「これほどとは……。」
見守っていた幹部たちが息をのむ。魔王だけが静かに頷いた。
「十分だ。」
女王は剣を納める。その動作にも迷いはない。まるで何百年も戦い続けてきた戦士のようだった。
◇
夜。
魔王城の塔の上で女王は一人、月を見上げていた。
胸の奥に、わずかな違和感がある。
何かを忘れている。
大切だったはずの何か。
だが、それが何なのかは思い出せない。
伸ばしかけた手は空を切る。
その瞬間、胸の奥のざわめきも静かに消えていった。
過去は戻らない。
名前も、思い出も。
今の彼女は、ただ魔王軍の将として存在するのみだった。
冷たい夜風だけが、首なき女王の黒いマントを静かに揺らしていた。
―
「これが余の最高傑作、将軍デュラハンの誕生経緯だ。」
興が乗って、長々と話をしてしまったため、晩餐の時間が近づいてしまっている。だが、若い執政官は一つだけ気になったことがあった。
「では、デュラハン将軍にアルセリア王国の侵略を任せるのは、かつての恋人の故郷を滅ぼさせるため…でしょうか?」
「それもあるが、一番重要なのはアルセリア王国の剣士達が得意とする魔法剣を奴に習得させることだ。かつての恋人も使っていた魔法剣を、実際に何度か目の当たりにすれば、奴ほどの使い手なら、きっと直ぐに習得し模倣できるようになるであろう。」
(それに、それがかつて奴が得意としていた極大爆裂魔法を取り戻させる"きっかけ"になるやもしれん。やはり、奴はあれがあってこそだからな。)
デュラハン将軍達の幹部が皆、遠方に遠征中、魔王城に突然現れた先代勇者により魔王は滅ぼされる寸前にまで追い詰められた。そして、完全復活に長い年月が必要となったのだ。
その先代勇者が得意としていた魔法剣。その技術を魔王軍に取り入れること、そしてあわよくば記憶から失われた極大爆裂魔法を復活させることこそが、魔王がデュラハンにアルセリア王国遠征を命じた理由だった。
これで閑章は終了となります。次話からはマユミの過去のお話です。




