202話 公開処刑*
カズマが命を落とした――
「……カズマ」
軟禁部屋の中で膝を抱えたミユキは、力なく呟いた。もう答えてくれることはない。もう笑ってくれることもない。この世で生きてきて、ずっと支え合って生きてきた唯一の存在。その人は、もうどこにもいなかった。
涙はとっくに枯れていた。ただ胸の奥にぽっかりと穴が開いたような喪失感だけが残っている。
その時、部屋の窓から聞こえる外が騒がしくなった。
「出せ!」
「あの女を出せ!」
「全部あいつのせいだ!」
石が投げつけられる音がする。
怒号は止まらない。
カズマはアンデッドとなって暴れ、多くの元民たちの家族や仲間を手に掛けた。その怒りの矛先は、当然のようにミユキへ向けられていた。
ミユキは魔王に連れられて城の堀の上の集まった民衆が見下ろせる場所に来た。
「静まれ。」
魔王の低く響く声だけで広間は静まり返る。
「怒りは理解している。」
魔王はゆっくりと民を見渡した。
「ならば、お前たち自身の手で裁きを決めるがよい。」
◇
そこにもう1人の幼女が連れてこられた。その子は金髪碧眼のカズマによく似た特徴を持っていた。不安そうに辺りを見回していたが、ヒト族であるミユキをみつけて少し落ち着いたような気配を見せた。
実はその幼女は擬態能力を持つ魔物だ。だが、事情を知らないマユミは、その姿を見た瞬間に顔色を変える。
「……っ!」
震える足で前へ出る。
「マユミ…なの……!」
涙が溢れた。
「では、この2人の公開裁判を始める!」
魔王は高らかに宣言した。
その宣言にミユキは強く同様した。
(どうしてマユミまで裁かれるの?)
動揺し切ったミユキは魔王に土下座で懇願する。
「お願い……お願いです……!あの子だけは助けてください……!」
何度も額を床へ擦りつける。ミユキは完全にその娘が愛娘のマユミだと信じ切っていた。
魔王は静かにその姿を見つめている。
「よかろう。但し、条件がある。」
その一言に、広間がざわつく。
「この場にいる者の中で、一人でも助命を望む者がいれば、その願いを聞き届けよう。」
希望だった。
ほんのわずかな希望。
マユミは民たちを振り返る。
「お願いします……!この子には何の罪もありません!どうか……どうか……!」
誰か。
一人でいい。
一人だけでも。
しかし――
誰も動かなかった。
誰も目を合わせようとしない。
重苦しい沈黙だけが流れる。
理由はそこにいるミユキ以外の誰もが知っていた。
この前日、魔王は民を集めて一つの提案をしていた。
『助命を求める者が一人もいなければ、お前たち全員へ温かな食事を一度だけ振る舞おう。』
それだけだった。だが、その一度は彼らにとって何よりも重い意味を持っていた。国が滅びて以来、まともな食事など一度も口にしていない。
痩せ細った身体。
空腹で眠れぬ夜。
目の前で魔族たちが温かな料理を囲む光景を見続ける日々。
その誘惑は、あまりにも大きかった。
誰も口を開けない。
誰も手を挙げられない。
マユミは崩れ落ちた。
「そんな……。」
魔王は静かに宣言する。
「助命を望む者は、いなかった。」
擬態した魔物は衛兵に連れられ、人目の届かない奥へと姿を消した。その姿を見送ったミユキの心は音を立てて崩れていく。
「ごめん……ごめんなさい…無力な母を許して……マユミ…。」
誰も助けてくれない。
誰も手を差し伸べてくれない。
あれだけ愛し、慈悲を与えて大事にしていた民に裏切られた衝撃は大きかった。
だが、民達にとっても正義や優しさは、空腹の前ではあまりにも脆かったのだ。
「……そうなんだ。」
ミユキは小さく笑った。
「私は……一体何のために……。」
目から涙は流れない。代わりに胸の奥で何かが静かに壊れていく。
◇
「続いて、ミユキの裁判を行う。」
魔王の声が響く。
被告席のごとく民衆の前へ立たされたミユキは抵抗しなかった。
魔王は再び民へ問い掛ける。
「この者を許したい者はいるか。」
広間は静まり返る。
一人もいない。
沈黙が答えだった。
「判決。」
魔王は短く告げる。
「有罪。」
ミユキはゆっくりと目を閉じた。
もう何も思わない。
信じていたものは、すべて失われた。
魔王は処刑の執行を命じる。そのままミユキはギロチンが置かれた広場に連行され、多くの元イヤマ民の見守る中、刑は執行された。
やがて広場は静寂に包まれた。
◇
どれほどの時が流れただろうか。
暗闇の中で、冷たい魔力が渦を巻く。
魔王は静かに古代魔法を紡いだ。
「《ターン・アンデッド》」
カズマの時とは比べ物にならない程の膨大な魔力と黒い瘴気が集まり、一つの存在を形作る。
やがて、魔方陣の中からゆっくりと立ち上がる影。
騎士王を思わせる禍々しい気配。
だがそれは漆黒の甲冑を纏った美しい女性だった。
そこに、生前の優しい面影はない。
記憶は霧散し、過去は消え去っていた。
残されたのは、ヒト族への底知れぬ憎悪だけ。
その感情が、新たな存在を支える核となっていた。
デュラハンの女王はこうして誕生した。
魔王は静かに頷く。
「これより、お前は我が僕。その力、存分に振るうがよい。」
新たな女王は自らの腕の中でゆっくりと頷く。
その瞳には、かつてのミユキを知る者なら決して見たくなかった冷たい光だけが宿っていた。
こうして、一人の女は姿を消し、ヒト族を滅ぼす災厄として歴史に刻まれる存在が生まれたのだった。




