197話 魔王の提示した条件*
地下牢へ閉じ込められてから、一か月が過ぎていた。昼も夜も分からない石牢。時間だけが、ゆっくりと心を削っていく。それでもミユキは、一つだけ希望を失わなかった。カズマは生きている。その言葉だけを信じ続けていた。
◇
その日。
再び重い扉が開く。現れたのは、魔王だった。
「少し付き合え。」
命令だった。もちろん拒否権などない。拘束具を外されたミユキは、数人の魔族に囲まれながら地下牢を後にした。
◇
案内された先は、物見台である高い塔の一室だった。大きな窓からは、魔王城下が一望できる。その景色を見た瞬間、ミユキは息を呑んだ。
無数の人間が鎖に繋がれた捕虜として重労働を強いられていた。家族と引き離されて泣き叫ぶ子どももみえる。魔族たちは、それを当たり前のように眺めていた。
「……やめなさい。」
思わず声が漏れる。魔王は景色を見下ろしたまま答える。
「なぜだ?お前らは私との戦に敗れた。敗者は勝者へ従う。それは当然のことだ。」
「敗者だからといって、このような非道な扱いが許される筈がありません。」
ミユキは思わず叫ぶ。
魔王はゆっくりと振り返った。
「では、助けてみるか?」
◇
静寂。
魔王は一枚の羊皮紙を目の前に提示した。
「条件は簡単だ。お前が私へ従えばいい。」
ミユキは表情を変えない。
「断ります。」
即答だった。
「私はあなたへ屈しません。」
魔王は笑う。
「そうか。」
指を鳴らす。
◇
部屋の扉が開き一人の捕虜が連れて来られる。まだ十歳にも満たない少女だった。怯えきった表情で周囲を見回している。
「助けて……。」
小さな声。
ミユキは思わず前へ出ようとする。
「やめて!」
だが兵士に押さえ付けられる。
魔王は静かに少女を見下ろした。
「この子は、元はお前の民だ。選べ。
お前の誇りか、それともこいつの命か。」
ミユキは歯を食いしばる。
涙が滲む。
だが、
「……私が従っても。あなたは約束を守らない。」
魔王は微笑んだ。
「よく分かっているな。だから面白い。」
次の瞬間、魔王は少女へ近付き、その頭へ軽く手を置いた。膨大な魔力が流れ込み少女は苦しそうに震え始めた。
「やめて!」
ミユキが叫ぶ。
「お願い!そんな小さな子に酷いことしないで!」
魔王は動きを止める。
黄金色の瞳が細くなる。
「では、見返りは何だ?貴様は何を余に差し出せる?」
ミユキは唇を噛む。
「何もありません。」
「貴様自身もか?」
「それは…。」
王として、
女として、
屈するわけにはいかなかった。
だが、それでも。
「お願いします……その子を助けてください。」
魔王は退屈そうに言った。
「話にならんな。」
◇
少女は兵士に連れ出されていく。
命だけは助かった。
それを確認した瞬間、ミユキは力なく膝をついた。
「私は……何も守れない。」
小さく呟く。
王でありながら民一人守れない。
そんな現実が胸を抉る。
◇
魔王は静かに歩み寄る。
「焦る必要はない。お前は、まだ壊れ始めたばかりだ。
いずれ、自ら望んで私へ縋る日が来る。」
そう言い残し、部屋を去っていく。
その背中を見送りながら、ミユキは静かに拳を握った。
(負けない。)
(私は、まだ負けない。)
だが、その決意とは裏腹に。
魔王の言葉は、少しずつ心の奥へ染み込んでいく。
◇
その後、何故かミユキは久しぶりに湯浴みを許され、地下牢ではなく普通の部屋での就寝をも許された。
そして、その夜ミユキは幸せな夢を見た。
カズマと結ばれる夢を。
翌朝、目が覚めたときミユキは全裸にシーツを纏っただけの姿でいたが、何があったかはよくわからないままだった。




