196話 囚われの女王
目を覚ました時、ミユキが最初に感じたのは、冷たい石の感触だった。見知った王城の地下牢。そこに自分が捉えられていることは直ぐに分かった。
薄暗い部屋に窓はなく、小さな換気口から僅かな光が差し込んでいるだけ。
両手には魔力封印の枷。身体には幾重もの拘束具が取り付けられていた。ゆっくりと身体を起こそうとするが、魔力はほとんど感じられない。
(封じられている……。)
魔力だけではなく筋力までも削がれているような重苦しさだった。
◇
静かな足音が近付く。
鉄格子の外へ、一人の魔族が立った。
「目覚めたか。」
無機質な声にミユキは真っ直ぐ相手を睨み返す。
「あなた達は……私をどうするつもり。」
魔族は肩を竦めた。
「知らん。我らは命令に従うだけだ。」
それだけ言うと立ち去っていく。
◇
一人残された部屋でミユキはゆっくり目を閉じた。
(カズマ……。)
胸が締め付けられる。最後に見た姿は全身を血に染めながら、それでも自分を逃がそうとしていた。
生きている。
そう信じたい。
信じるしかなかった。
◇
数日が過ぎた。
時間だけが流れる。
食事は最低限。
会話もない。
ただ生かされている。
その事実だけが、不気味だった。
◇
ある日。
重い扉が開く。
これまでとは違う足音。
堂々とした歩み。
部屋へ現れた男を見て、ミユキは息を呑んだ。
魔王だった。
「少しは落ち着いたか。」
玉座に座る時と変わらぬ穏やかな口調。
まるで旧友へ話しかけるようだった。
ミユキは何も答えない。
「返事もないか。」
魔王は小さく笑う。
「それでも構わん。」
鉄格子の前へ立つ。
「お前の魔力は実に美しい。人間にしておくには惜しい。」
ミユキは睨み返す。
「……殺しなさい。」
その一言に迷いはなかった。
「私を利用することだけは許さない。」
魔王は声を上げて笑う。
「殺す?それでは面白くない。」
その黄金色の瞳が細められる。
「私はお前を壊したい。」
「壊す……?」
「そうだ。」
魔王は静かに頷いた。
「国を失った女王。
民を守れなかった女王。
愛する男を救えなかった女。
…そんな絶望に満ちた心は、実に美しい。」
ミユキの表情が僅かに曇る。
魔王はその変化を見逃さない。
「安心しろ。まだ絶望は始まったばかりだ。」
◇
「……カズマは。」
ミユキが初めて口を開いた。
「生きていますか。」
魔王は少しだけ考える素振りを見せる。
「生きている。」
その答えに、ミユキは胸を撫で下ろす。
だが、次の言葉が、その安堵を砕いた。
「別の地下牢でな。だが生かしているだけだ。いつ処分しても構わん。」
ミユキの顔色が変わる。
「お願い……彼だけは。」
初めて懇願した。王ではなく、一人の女性として。
「彼は関係ありません。処刑するなら私だけにしてください。」
魔王は静かに見つめる。そして、ゆっくりと笑った。
「その顔だ。その顔が見たかった。」
◇
魔王は背を向ける。
「安心しろ。しばらくは殺さん。お前が素直になるまではな。」
重い扉が閉まる。
再び静寂だけが残る。
ミユキは力なくその場へ座り込んだ。
拳を強く握る。
(お願い……。生きていて。カズマ。)
その願いだけが、今の彼女を支える唯一の希望だった。
だが、彼女はまだ知らない。魔王が本当に欲しているものは、その身体でも、その魔力だけでもないことを。希望を抱き続ける、その心こそが。魔王にとって最も甘美な獲物なのだということを。




