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022話 選ばれた安全

 学院本棟の医務室。


 フェリは包帯を巻かれた腕を軽く動かしながら、天井を見上げていた。


(……まだ少し痛い)


 先日の高難度迷宮での無茶が響いている。一般クラスに高難度迷宮をいくつも単独で踏破している奴がいるという噂を耳にして、だったら自分にも出来るのではないかと満身して、お試し気分で挑戦してみたらこの有様だ。


 扉が開く。


「フェリ、無茶をしたそうだな」


 レオニスだった。


 声は穏やかだが、明確に叱責の色がある。


「単独での深部侵入は危険行為だ。理解しているな?」

「……分かってます」


 フェリは短く答える。だが納得はしていない。


(でも、あの状況なら仕方なかった。それに――)


 脳裏に浮かぶのは黒衣の男。

 アベル。

 助けられた事実だけが、妙に重く残っている。


「今後は学院の指示に従うように。単独行動は認められない。」


 レオニスは淡々と続ける。


「……でも」


 フェリは言いかけて止める。


(じゃあ、あの人は何故単独で…)


 その思考が自然に浮かぶ。


 アベル。


 迷宮で出会った黒衣の男。

 無駄のない動き。

 必要最低限の言葉。


 単独がダメなら、彼と一緒に探索してみたい。


「パーティを組んで見たい生徒がいるんです……」


 フェリは小さく言う。

 レオニスの目がわずかに細くなる。


「パーティ?」

「アベルっていう人です。一般クラで既に複数の高難度迷宮を踏破しているとか。先日、迷宮で助けてもらって……」


 レオニスは一瞬だけ沈黙する。


「その者は推奨できない」

「え?」

「学院の規定に基づき、正式な探索にはまだ参加資格がない」


 淡々とした口調。


「でも実力は――」

「実力の問題ではない」


 切り捨てるような言い方だった。

 フェリは唇を噛む。


(またこれだ)


 強くなりたい。そのために必要なことなら多少の無茶は承知の上。だが、学院のルールが重くのしかかり、思うように行動できない。


 だが、フェリの不満そうな顔を察したのか、レオニスがある提案を挙げる。


「では、代案を出そう。」


 澱みない言い回しで淡々と告げる。


「特別クラス全員での高難度迷宮探索を行う。学院が安全マージンを確保した上での公式遠征だ。」

「全員で?」

「そうだ。最低限の安全は確保するが。」


 その言葉は理にかなっている。

 安全。

 制度。

 管理された探索。


 だがフェリの胸には引っかかりが残る。


(あの時とは違う)


 アベルと出会った迷宮。

 あの“個人の判断だけで動く世界”とは違う。

 しかし、自分の実力が足りていないこともあり認めるしかなかった。


「……分かりました」


 結局フェリは頷く。

 納得ではない。

 だが拒否もできなかった。


 レオニスは静かに頷く。


「それでいい」


 医務室の空気が少しだけ整う。だがフェリの中には、消えない感覚が残っていた。


(あの人は……こういう場所にはいない)



(でも、また会う気がする)


 その確信だけが、静かに心の奥に沈んでいく。

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