185話 ミリアの懺悔*
独房の隅。
ミリアは膝を抱えて座り込んでいた。
目の前には何もない。
工具も、素材も、魔道具も。
いつもなら落ち着かないはずだった。
けれど今は、それどころではなかった。
絆の指輪を外した瞬間から、頭の中へ押し寄せる記憶が止まらない。
◇
(私……。)
最初に浮かんだのは学院での出会い。
あの日毒に侵された彼が私の作った試作品の解毒薬を信じて呑んでくれた。
それから僅かな期間だったけど交流が続いた。たまに貴重な素材の差し入れを持ってきてくれたのだ。
(私は……それが対したことではないと思っていた。)
後で聞いた話では、入学当初から彼はパーティを組ませて貰えず1人で高難度迷宮に挑み続けていたらしい。そんな中で手に入れた危険な魔物の素材、希少鉱石、高価な薬草を何の対価も求めずに差し入れくれていたのだ。
彼がどれほど危険な冒険をして、それらを手に入れていたのかなんて、考えたこともなかった。
◇
学院祭。
ドラゴンの素材が展示不可だと聞いて、彼を一方的に怒鳴りつけた。
『なんで、もっと早くに確認しておかなかったの!』と。
決して彼だけの責任じゃないのに、彼は何も言わずに代替の展示素材を探しに行ってくれた。
そして持ち帰ったミスリルゴーレムを見た瞬間、私は狂喜乱舞した。
初めて見る純ミスリル。
未知の魔法生物。
解析したい。
分解したい。
調べたい。
頭の中は、それだけだった。
あれを1人で討伐し持ち帰ることがどれだけ無謀なことかなんて全く考えていなかった。魔法はまず効かない、物理攻撃だって生半可なものでは全く歯が立たない。今更だけど学院祭の朝、思えば彼はボロボロだった気がする。だが記憶はあやふやだ。つまり、彼の事を全く見ていなかったということだ。
◇
この遠征の前、私はレオニス殿下に言われるがままに非人道的な魔道具を製作した。それが何に使われるのかも知らないまま、しかも彼から譲り受けたミスリルゴーレムの素材を使って……。
そして、その魔道具のチョーカーはレオニス殿下により、よりにもよってマユミさんとメアさんに使われた。
さらに蘇る。
討伐隊での日々。
彼を護る為に自らチョーカーを首にはめたマユミさんとメアさんが、彼を巻き込むように攻撃させられていた。
満足な食事もない。
休息もない。
石を投げられ。
倒れてもメアさんに水をかけられて、
それでも前線へ立たされる彼の姿を。
全部見ていた。
全部知っていた。
それを自分は止めなかった。
撤退戦で彼が殿を命じられた時、一瞬、チョーカーへの抵抗を見せたマユミさんとメアさんに対して私は何を思った?『もっと強制力を強めなきゃ』って……なんて莫迦な事を考えていたのか。
殿下がどうして彼をあそこまで目の敵にしていたのかはわからない。でも、マユミさんやメアさんは彼の事をあんなにも心配していたのに……私は、殿下の言うがままに、それを踏み躙る手助けをしてしまった。いいえ、手助けじゃない。私がそうさせたんだ……。
ミリアは両手で顔を覆う。
「ごめんなさい、マユミさん。
ごめんなさい、メアさん。
ごめんなさい、アベルさん。」
研究者になりたかった。
世界一の魔道具師になりたかった。
その夢を影ながら応援してくれたのも、
それに必要な素材を提供してくれたのも、
失敗しても励ましてくれたのも、
全部、全部、彼だったのに。
私が研究なんかしていなければ、彼と彼女達を苦しめたあのチョーカーは、この世に産まれなかったかもしれない。それを考えるだけで胸が苦しくなる。
今はもう、研究者としても魔道具師としても、活動する気にはならない。私にそんな資格なんか、始めからなかったんだとさえ思う。
「ごめんなさい……。」
震える声が独房へ響く。
「アベルさんを孤立させて殺したのは…私……マユミさんとメアさんにも、一体どう償ったらよいの…。」
涙が床へ落ちる。
失ってから初めて、その存在の大きさを知る。
ミリアは独房の中で嗚咽を漏らした。
恩人へ何一つ返せず、全てを歪ませて踏み躙った一人の元研究者の後悔だけが、静かな牢獄に響き続けていた。




