184話 フェリの懺悔*
独房の石壁にもたれかかり、フェリは膝を抱えて座っていた。
左手の中指を右手で触ってみる。絆の指輪は、もうそこにはない。
その指輪を外しら瞬間から、心の奥へ押し込められていた記憶が次々と溢れ出したことを思い返す。
(なんで……なんで今さら……。)
涙が滲む。目を閉じると、最初に浮かんだのは学院へ入学して間もない頃だった。
同じ学年に単独で高難度迷宮に挑んでいるという噂を聞いて、自分にも出来るんじゃないかと慢心して挑戦してしまったあの日。ー
迷宮に入って直ぐに遭遇した魔物に全く敵わず、命からがら逃げた先で偶然出会った黒い外套の男がアベルだった。その直後に魔物に襲われ、彼が見せた鋭い剣筋。その優男のような顔に似合わない凄まじい剣速で、あっという間に魔物を駆逐した。その時にアベルという男に初めて興味を持った。
王都の防衛戦で、自分のフォローが足らなかったせいで窮地に陥ったリシアを救ってくれたのもアベルだった。あの時、アベルがいなかったらリシアがどうなっていたか…。
合同演習の時のドラゴン戦でも戦闘不能に陥った自分達とは対照的に、最後まで1人で闘い勝利していた。アベルがドラゴン戦から帰ってきた時に生還を喜ぶでもなく、貢献について褒められても皮肉で返した。あれは、さすがにないだろう……何やってんだ、わたし…。
その後に希少な薬草をとりに行った時も、
森を歩く時の足運び、
魔物の気配の読み方、
弓兵として一番動きやすい位置取り、
遊撃として仲間を援護する方法、
いつしか自分はアベルの動きを目で追って参考に、いや真似るようになっていた。今思えば、自然に自分へそれを示してくれていたような気がする。自分はアベルの動きを無意識にトレースすることで、少しずつ強くなっていった。なんで、殿下の方がアベルよりも優れていると感じていたのか、今となっては全く理解できない。
ドラゴンやミスリルゴーレムにたった1人でも立ち向かい勝利した勇者アベル。かたや、ドラゴンに怯えて立ちすくみ何もしなかった王子レオニス。その差は歴然でないか。それなのに、なんで自分は王子にだけ肩入れして、尊敬すべきアベルをぞんざいに扱っていたのか……。
(くそっ!)
自分に腹が立つ。
これまでの自分を思い出す。あんな王子に媚びるような視線を送り、じゃれあったり恋人のように腕を組んだりして喜んでいた。そんな自分に反吐がでる。
(あれじゃ、まるで発情期の雌犬だ!)
でも、アベルとだったら……
少しだけ……
本当に少しだけ……
2人で一緒に屋台を回れたら、
2人で一緒に甘いものを食べられたら、
2人で一緒に冒険が出来たら、
きっと心から楽しかっただろうと思う。
けれど、そんな過去は存在しなかった。
そして今となっては、そんな未来ももう訪れない。
(もっと……もっと話してみたかった。もっと、一緒にいたかった。)
さらに思い出す。
討伐隊での日々。
食事もろくに与えられず、
夜も眠れず、
石を投げられ、
倒れても無理やり立たされるアベル。
全部見ていた。
全部知っていた。
それでも、何もしなかった。
(どうして……どうして止めなかったのか。)
答えは、自分の中にあった。
殿下がそう判断したのだから、
きっと必要なことなのだと、
アベルには何か理由があるのだと、
何も疑わなかった。
レオニスの言葉を…
レオニスの判断を…
全部、正しいのだと信じていた。
だから、自分の目で見た現実から目を逸らした。
苦しそうなアベルを見ても、
痩せ細っていく姿を見ても、
『殿下がそうするなら間違っていない』
そう思い込んでしまった。
(私が……私が、一番ひどかった。)
石を投げた兵士たちは、少なくとも悪意があった。
でも自分は違う。
悪意すらなく……ただアベルが苦しむ姿を見ながら、何の疑いもなく、それを受け入れてしまった。自分で考えることをやめてしまっていた。
「ごめん……。」
小さな声が漏れる。
「ごめんね……アベル。」
最後は、自分が見捨てた。殿に選ばれたアベルに対して何も思わなかった。自分は、こんなにも酷い人間だったのかと、心のなかで昔の自分が責め立てる。もう1人の自分が彼女の心を何度も何度も引き裂いていた。
涙が止まらない。
もう会えないのだ。
その現実が胸を締め付ける。
フェリは顔を覆い、声を押し殺して泣き続けた。




