閑話47話 マユミの誤算*
魔王特別討伐隊が魔王城につく前の日の夜。
マユミは寝袋のなかで寝たふりをしながら、どうにか首元の黒いチョーカーが外せないか試行錯誤していた。
◇
指先を首元へ伸ばして、留め具を探る。
魔力を流したり、術式を逆算する。
それを何度も試した。だが…
(……駄目ね。)
外れない。無理に解除しようとすると、チョーカーそのものが反応する。魔力を遮断しても、物理的に破壊しようとしても、解除術式を組もうとしても全て失敗した。
◇
(アベル様がいない。)
その事実が、胸の奥に重く沈んでいる。先日の戦いでアベルを置き去りにしてしまった。ここにアベル様がいない以上、自分やメアがレオニス達に従う理由など、もうない。
(私は、あの人のために生きると決めたのだから、あの人がいないのなら……あの人のためでないのなら……これ以上、誰かの命令で動く必要なんてない。)
◇
隣のテントにはメアがいるけれど、メアも同じチョーカーを付けられていて、私よりも強く自我に制限がかかっている。お互いに常に誰か見張りがいるから、彼女の協力を期待することはできない。
マユミはしばらく考える。そして……結論を出した。
(もう手段を選んでる場合じゃないわね。早くアベル様を探しに行かないと。)
◇
その翌日。
遂に魔王特別討伐隊は魔王城への進入を目前に控えた。だが、巨大な城は数えきれない廊下といくつもの封鎖された通路が複雑に入り組んでいるし、常時千人近い兵士が監視と警備を続けている。それを回避し、魔王の寝首をかくために前夜、レオニスがマユミとメアを尋問していた。
◇
「マユミとメア、質問に答えろ。魔王城の謁見の間付近に通ずる地下からの隠し通路が、この辺りにあるはずなんだが、心当たりはないか?」
知っている。確かに存在する。それは、魔王が今の城を築城する前から存在する、かつての王族が緊急時に利用していた避難路。しかし現在は、軍事訓練用としても整備されていて、魔王軍が防衛訓練を行うような区域。だが、これはチャンスかもしれない……。
「……あります。通常は封鎖されていますが。」
嘘にならないように言葉を選んだ。しかし、メアも淡々と続ける。
「魔王城が建つ前の旧王都時代の避難路です。」
心拍数が跳ね上がる。メアは質問に素直に答えてしまう。うまく、やり過ごさないと…。だが、その心配は杞憂だった。レオニスが静かに頷いていたからだ。
「そこを使って奇襲しよう。」
レオニスに命じられ、周辺と避難路の概略を地図に起こす。一部、記憶が曖昧だが、わからないものは仕方がない。ただ、最後のトラップだけは間違わないようにしないと…。
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翌朝、レオニスが渡した地図を使って先導する。マユミはレオニスが余計な質問をしないように、陰ながらサポートしつつ、メアが何かを聞かれて不用意な回答をしないように努めた。もちろん、ゲーム知識を信奉するレオニスが疑う理由はなかった。
「ここが入り口だな。」
「はい。」
マユミは淡々と答える。
レオニスは即座に決断した。
「よし。ここから侵入する。」
マユミは一礼する。
「承知しました。」
その瞬間、マユミの中で、静かに計画が完成した。
(これでいい。入ったら直ぐに軍が気づいて防衛準備を開始するはず…。)
◇
レオニスは討伐隊を3つの班に分けた。ここに来るまでに運んできた様々な物資や馬車を護り、少し離れた位置で皆の帰りを待つ待機班、これは兵士3名のみ。それから兵士27名からなる陽動班。彼らは魔王城の周囲の森でゲリラ戦を展開して、城の戦力を出来るだけ割く役割だ。最後に、レオニス率いる突入班。レオニスとヒロイン7人にマユミ、メア、選ばれた兵士10名の計20名。
レオニスは時間を決めて陽動班に動くように指示して、突入班を先導する。あらかじめ渡した地図とルートの概略に基づいて。
長い階段と薄暗い廊下を超えた、その先へ。
そして見つかる古びた扉。立て付けのわるいそれを強引に開くとダンジョンのような景色が広がっていた。幾度も現れる複数の分岐の一つを、レオニスはマユミの書いた地図従い迷うことなく選んでいった。
◇
一方、その先では。
魔王軍は既に侵入者を把握していた。かつて王族の避難路として使われていたここの通路は、今では軍事訓練のための区域となっており、侵入者を妨害するための罠の開発研究などにも使われていたからだ。
そして、先導している男をサポートしている半魔と魔族の女2人がいることも直ぐに伝わった。
◇
カチリ。
「……?」
マユミが罠を敢えて踏んで起動する。
次の瞬間、地面の模様が一斉に赤く染まった。
「っ!伏せろ!!」
誰かが叫んだが、それではどうにもならなかった。爆発や崩落のようにも感じられるが、実際には魔力そのものが“反転”するような異常現象。それにより通路全体が封鎖される。上下左右すべての壁に魔法陣が浮かび上がり、侵入者を認識した瞬間に起動する構造だった。
「まさか、罠だと……?マユミ、どういう事だ?答えろ。」
「これは……昔のままではありません。改修されています。侵入者対策用に……変えられています。」
魔法陣が完全に発動し、退路が塞がれる。残る道は目の前にある出口のみ。出た先は魔王城の謁見の間に通じる通路。その通路に出たところには兵士が既に準備しているはず。
◇
「――止まれ!」
魔王軍兵士が姿を現した。
前方。
後方。
左右。
全てが塞がれていた。
◇
「なっ……!」
討伐隊潜入班に動揺が走る。
レオニスが剣を抜く。
「罠か!」
対応を準備する間もなく魔王軍の精鋭が一斉に突撃する。
数の差。
地形。
そして事前に準備された包囲。
討伐隊が突破できる状況ではなかった。
◇
マユミはその場に立っていた。メアも隣にいる。
突然襲われ、その対処に手一杯のレオニスは二人に指示するだけの余裕がなかった。チョーカーによって強制されている以上、自由に動くこともできない。
しかし、この罠を成立させたのは、マユミ自身だった。
◇
やがて、魔王が現れ、魔王特別討伐隊は完全に制圧された。武器を奪われ、魔力を封じられ、一人ずつ拘束されていく。
◇
その後、マユミとメアについて調査が行われた。
マユミとメアのチョーカーが外され、こうしてようやく2人は自我と身体を自分の意思で動かす権利を取り戻した。後のチョーカー型魔道具の調査により、術式が解析され命令への服従を強制するものであることが証明されることになる。
首元が自由になる。マユミは思わずそこへ手を当てた。
「……外れた。」
ようやく。ようやく自由になった。これで彼を探しに行ける。そう思った時だった。だが……
「姫殿下に一つ質問があります。」
調査官の声が響く。
「その左手の契約はどなたと?」
マユミの表情が固まった。
◇
「魔力の痕跡を調べた結果、契約相手は――アベル……ヒト族の勇者です。」
魔王軍の研究者が魔王に報告する。
「……。」
マユミは否定できなかった。弁解の言葉も見つからなかった。左手に刻まれた契約の証は隠しようがなかったから。
魔王は気だるそうに口を開く。
「先日の戦いで勇者は死んだと報告されていたが?」
「契約者が死んでも契約自体は残りますゆえ……しかし、いかが致しましょう。侍女のメアにも同じ契約がありました。」
「魔王の娘であるお前が、勇者と契約しているとなれば、放置はできんな。しばらく自室に軟禁しておけ。メアは地下牢に。」
「かしこまりました。」
(そ、そんな……それではアベル様を探しに、迎えにいけない!)
だが、たった1人では魔王に逆らう事など、できる筈もなかった。
マユミは静かに目を伏せた。
―
数日後。
部屋へ戻されたマユミは、窓の外を見る。あれから何度も抜け出すことを試みた。だが、警備は全然甘くなかった。首に例のチョーカーはもうない。それでも自由ではなかった。
しかし、左手に刻まれた契約の紋様だけは、確かに残っている。
「アベル様……。」
小さく呟く。
生きていて欲しい。
そう心の中で願いながら、マユミは静かに夜を迎えた。




