180話 矮小なる取引
魔王城・謁見の間。
魔王が現れた瞬間から、戦場はすでに“戦場”ではなくなっていた。
圧倒的な沈黙。
圧倒的な支配。
誰もが動けないまま、ただその存在を見上げていた。
◇
魔王の視線が、最初に止まったのは二つの影だった。
マユミとメア。
「……なるほど。」
魔王は小さく息を吐く。
「生きていたか。」
その声には、明確な失望が混じっていた。
「首輪付きとはな。」
◇
次の瞬間、魔王の腕が軽く振られる。空間が裂けるような衝撃。薙ぎ払われた魔力の一閃が、二人を吹き飛ばした。
「っ……!」
マユミの身体が壁に叩きつけられる。メアも同様に地面へ転がるが、即座に立ち上がれない。
「興が削がれた。」
魔王は興味を失ったように視線を逸らす。
その視線が次に向いたのは、レオニスだった。
「ヒト族の男。」
一言。それだけで、存在の価値を切り捨てるような声音だった。
「矮小だな。」
レオニスの喉が鳴る。
(まずい……どうにか生き残るには……)
だがその恐怖の中で、彼は“選択”をした。
一歩前に出る。
「待ってください!私を見逃して頂けるなら、この者たちを――」
レオニスはヒロイン達へ視線を向ける。
リシア
フェリ
ルナ
エリス
クラリス
ミリア
セレスティア
「彼女たちを献上します。ヒト属の中でも特に優秀な能力をもつ選りすぐりの美女達です。」
場の空気が凍る。
「他にも見逃していただけるなら、私は何でも――」
ヒロイン達は一瞬だけ目を伏せた。だが、誰もレオニスを責めようとは思わなかった。いや思えなかった。抗議すら考えなかった。それはある意味での諦めであり、彼のために身を捧げることを、当然のように受け入れる沈黙だった。
魔王はしばらくその光景を眺めていた。
「くだらんな。」
そして鼻で笑う。
「ヒト族はいつも同じだ。」
魔王はゆっくりと腕を下ろす。
「価値のないものを、価値があるように見せかける。だが――」
魔王の声が低くなる。7人のヒロインの1人、セレスティアの顔をみて言った。
「使い道はあるかもしれんな。」
レオニスの表情がわずかに明るくなる。
(通じた……!)
魔王は周囲を一瞥した。
「全員、捕らえろ。」
影が動く。魔王軍の精鋭が一斉に前へ出る。レオニスの顔から血の気が引く。
「な……待って――!」
抵抗する暇もなく。討伐隊は次々と拘束されていく。魔力封印の枷が嵌められ、膝をつかされる。ヒロイン達も動かない。それ以上の抵抗が無意味だと理解していた。ただ、静かに受け入れる。
マユミは倒れたまま、唇を噛む。
(アベル様……)
メアは無表情のまま、空を見ていた。
魔王はその全てを見下ろしながら、最後に一言だけ残した。
「連れていけ。」
こうして討伐隊は、勇者不在のまま――捕虜として魔王城へ連行されていった。
22時に閑話を投稿します。




