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020話 名のある不在

 黒髪の一般生徒、アベル。

 魔法炉の実験で一瞬だけ現れ、的確な助言を残して去った人物。ルナはその正体を探っていた。


 まず特徴は明確だった。


 完全に真っ黒な黒髪。それは学院では珍しい。

 それだけで、特定は容易だった。


 一般生徒で特別な地位はない。

 だが、意外なほど名前は知られていた。



「アベル先輩ですか?」


 廊下で声をかけた女子生徒は少し顔を明るくする。


「いつも少し疲れてますけど、すごく優しい人ですよ」

「誰にでも丁寧だし、話しやすいです」


 別の女子生徒も同じ反応だった。


「頭いいし、色々知ってるって噂です」

「割と男前じゃないですか……結構人気ありますよ」


(……想像より目立つ存在。)


 ルナは静かに情報を整理する。

 さらに、彼の友人だという男子生徒にも話を聞く。


「アベルについて?」


 気だるげな少年――ガイルは肩をすくめる。


「なんでも知ってるし、困ってる奴には放っとけないタイプ」

「彼は今どこに?」


 ルナが尋ねると、ガイルはあっさり答えた。


「…高難度迷宮だよ。単独で長期遠征中」


 一瞬、ルナは言葉を失う。


「……単独?」

「そう。学院の方針らしい」


 ガイルは特に気にしていない様子だった。


「まあ、あいつなら死なないだろって扱いだな」


(単独で高難度迷宮……?)


 ルナの中で違和感が強くなる。

 通常、そんな任務はパーティで行う。複数のパーティでレイドを組んでもおかしくない。なのに、学院の学生一人で長期遠征など、異常だ。


 ルナはすぐに教師へ確認に向かった。



「アベルという生徒についてですか?」


 ルナの問いに、教師は淡々と答える。


「学院の特別許可で遠征中です」

「なぜ単独なのですか?」

「本人が希望したためです」

「危険では?」


 教師は少しだけ困ったように答えた。


「確かに高難度ですが……これまで問題なく帰還していますし、学院としても問題視していません」


(問題ない……?)


 ルナは一瞬言葉を失う。


 単独。

 高難度迷宮。

 長期遠征。

 それを“問題ない”と扱う教師、いや学院。


 常識から少しずれている。


(あの人は……一体何をさせられているの?)


 ふと、思い出す。


 あの回復魔法実験。

 魔力のズレ。

 素材の劣化。

 そして、アベルの一言。


(偶然ではない。)


 ルナは確信に近い感覚を持つ。

 あの助言は、やはり適当な思いつきではなかった。


 そして今、もう一つの事実が重なる。


(学院は彼を単独で危険な場所に送り続けている。)


 それを誰も問題視していないし、むしろ当然のように扱っている。


 ルナは静かに拳を握る。


(なぜこの人だけが、そんな扱いを受けているの?)


 まだ答えは出ない。だが、関心は確実に変わっていた。


(もう一度、話を聞かなければ。)


 それは“興味”ではなく、もっと強い感情の入り口だった。

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