閑話02話 観測されない原因
魔導研究棟の騒動から数日後。
学院では「共同魔導炉の安定化成功」が正式に報告されていた。報告書の筆頭には、レオニスの名がある。そして補助研究者として、ルナの名が添えられていた。
「順調だな。」
生徒会室でレオニスは満足げに頷く。
「これで次の魔導強化計画も進められる。」
側近が書類を整える。
「殿下のご指導のもと、研究は大きく進展しております。」
「当然だ。」
レオニスは迷いなく言う。
(ゲーム通りに進んでいる。多少の誤差はあったが、結果は成功だ。)
その評価は、学院内でも自然に受け入れられていた。誰も“途中で起きた異常”の詳細を知らない。知らされてもいない。
ただ一人…ルナだけが、その報告書を見て沈黙していた。
⸻
「……やはり。」
研究室の片隅で彼女は静かに紙を置く。
報告書は綺麗にまとまっている。
事故は“未然に防がれた”。
結論は成功。
だが、そこに“本質”は書かれていなかった。
(なぜ暴走しかけたのか。なぜ補助系統が破綻したのか。なぜ私の修正で安定したのか。)
そのすべてが消されていた。ルナは立ち上がる。
「記録を見せてください。」
助手に告げる。
「どの記録ですか?」
「魔力炉のログ全て。」
数時間後。ルナは膨大な魔力ログを前にしていた。
数字の流れ。
魔力圧の変動。
補助式の応答曲線。
そこに、明確な異常があった。
「やはり……」
彼女は呟く。
異常は一点ではなく連鎖している。しかも原因は魔法式そのものではない。
(前提条件の変化。)
魔力の純度。
補助素材の質。
環境魔力の安定度。
すべてが微妙に低下している。だが誰も気づいていない。
ルナは机に指を置く。
(なぜ誰も気づかない?
いや――気づいているのは“私だけ”か?)
その思考の中で、一つの人物が浮かぶ。
アベル。
あの時の魔導炉の暴走を止めた修正。あれは“環境変化を前提にした調整”だった。
(偶然ではない。彼は最初から“今の条件”を理解している。)
だが…
証拠はない。
接点も少ない。
彼はただの一般生徒。
それでもルナの中では、仮説が固まりつつあった。
(アベルは……変化後の世界を理解している。)
その時だった。扉が開く。
「ルナ様。」
助手が報告する。
「次の共同研究ですが、殿下が新しい案を提示されています。」
「内容は?」
「回復魔法の大規模展開です。」
提示された資料をパラパラと捲り流し読みする。ルナの表情は変わらない。だが内側では、違和感が積み重なる。
(また根拠のない“成功する前提”で動いている。条件が変わったことも理解していない。)
彼女は静かに言う。
「検討します。」
しかし、レオニス殿下からの提案を断れるわけがなかった。助手が去った後、ルナは一人でごちる。
(このままでは、また同じことが起きる。今度は“防げない規模”で。)
改めて机の上のログを見つめる。そして小さく呟く。
「……殿下を説得するための理由が必要だ。」
しかし、具体的なプランは見つからない。どこにも“明確な理由”が存在しない。ただ、結果だけが積み重なっている。成功と失敗の境界が、曖昧に揺れている。
(まるで。誰かが現実の条件だけを“微調整”しているみたいに。)
その発想に至った瞬間、ルナは初めて、自分の思考に一つの仮説を置く。
(アベルは……その“観測者”なのか?)
確証はない。
証拠もない。
しかし、それ以外の説明が消えていく。
窓の外では、学院の喧騒が続いている。
誰も気づかない。
何も変わらないように見える世界。
だがルナの目には、もう同じ世界には見えていなかった。




