175話 賞賛と沈黙
魔王軍の歓声を背に。
討伐隊は山中を駆け続けていた。
谷を抜け。
細い獣道を進み。
岩場を越え。
ようやく日が傾く頃、一行は山腹に口を開けた天然の洞窟へ辿り着く。
「ここで一旦休憩とする。」
レオニスの指示が飛ぶと、兵士たちは一斉に腰を下ろした。誰もが息を切らしている。
追撃は、どうやら振り切れたようだった。
◇
しばらくして。
緊張が解け始め、最初に口を開いたのはリシアだった。
「殿下の判断がなければ、私たちは全滅していたかもしれません。」
レオニスは静かに首を振る。
「皆がよく戦ってくれた結果だ。私は判断しただけに過ぎない。」
「それでも。」
エリスが微笑む。
「撤退の決断は簡単にできるものではありません。ありがとうございました。」
フェリも頷く。
「殿下がすぐ撤退を決めてくれたから助かったんだよ。」
「うん。」
ルナも短く同意する。
クラリスは小さく息を吐いた。
「これが最善の判断でしたわ。損害も最小限ですもの。」
ミリアも神妙な面持ちで頷く。
「合理的な判断だったと思います。」
セレスティアは静かにレオニスを見る。
「殿下。ご決断、ありがとうございました。」
王女らしく深く一礼した。
◇
次々と向けられる感謝。レオニスは穏やかな笑みを浮かべながら、それらを受け止めていた。
「皆が無事で、本当に良かった。」
だが、内心で考えていたのは別のことである。
(ゲームの設定では、勇者は世界に1人だけの称号だった。だから、アベルがいる限り、この世界において新たな勇者は生まれない。だが、勇者がいなくなれば、新たに勇者の称号を手にする者が現れる。武術大会やドラゴンとの戦いアベルが見せた圧倒的な力、あれが勇者の力なのだとすれば……欲しい。あれさえ手に入れば俺は本当の意味で、この世界の主人公になれるはずだ。)
レオニスはアベルの次の勇者は自分であると確信していた。発売前の続編『エターナル・ブレイブ2』では前作の主人公アベルの死後に病弱だった王子が新たな勇者として覚醒していく物語になる、とゲーム雑誌の記事で読んだことがあったのを思い返す。
そして『エターナル・ブレイブ』では病弱な王子が学院のイベントでチョイ役として登場していた。病気は体内の魔力の循環が悪くなり、その結果、特殊な結界の外では身体が思うように動かなくなるというものだ。これの治療には特殊な薬草が必要で、ゲームでは治療法を探して素材を集めるだけでメインストーリーには絡まない、いわゆるサブストーリーのお使いクエストの一つだった。その知識があったレオニスは王子の地位を活用して薬草を集め、早々に治療を行い完治させていた。
(これで……あとは私が勇者に覚醒するだけだ。)
レオニスは、勇者の力を手にいれて魔王を倒し、賞賛を浴びる自分を想像して、にやけそうになる顔を抑えるのに必死になっていた。
◇
少し離れた場所で兵士たちは、ヒロイン達がレオニスを賞賛するその光景を複雑な表情で見つめていた。
(無事……か。)
一人が心の中で呟く。討伐隊は確かに生き延びた。
だが、そのために最後尾へ残された者がいる。
勇者アベル。
彼一人を置き去りにして。
必要な犠牲だったと言えばそれまでだ。もともと魔王軍の目的も勇者の討伐であったと考えられるため、勇者さえ見捨てれば我々が助かる可能性が跳ね上がる。
だが、本来なら勇者は魔王に対しての切り札となる存在で、我々が身を挺してでも護らなければならない
筈だった。彼に人属に対する裏切り者の疑惑が無ければ、きっとそうしていたことだろう。
それに、ここ数日で、兵士たちは嫌というほど学んでいた。レオニスへ異を唱えることはできない。もし機嫌を損ねれば。次に冷遇されるのは、自分かもしれない。その恐怖が、喉元まで出かかった言葉を飲み込ませていた。
◇
マユミは洞窟の入口から谷の方角を見つめ続けていた。
何も見えない。
何も聞こえない。
それでも視線を逸らせなかった。
(アベル……。)
心の中で何度も名前を呼ぶ。
だが、その想いを口にすることはできない。
首元のチョーカーが、それを許さない。
◇
メアもまた洞窟の壁際に立ったまま、微動だにしない。命令を待つだけの人形。その瞳には、もはや何の感情も映っていなかった。
◇
洞窟の中では、レオニスを中心に安堵の空気が広がっていく。
その一方で、兵士たちの胸には、小さな違和感だけが静かに積もり続けていた。だが誰も、それを言葉にはしない。いや、言葉にできなかった。
洞窟の外では、夜の風が静かに吹き抜けていた。




