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172話 魔王軍の襲撃

 王都を発って六日目。


 討伐隊は国境へと続く山岳地帯へ足を踏み入れていた。


 切り立った岩壁で挟まれた見通しの悪い渓谷。伏兵には絶好の地形だった。だからこそ、隊全体に緊張が漂っている。


「索敵を強化しろ。」


 レオニスが命じる。


「異常があれば直ちに報告。」


「はっ!」


 兵士たちは周囲へ散っていく。


     ◇


 アベルは隊列の最後尾を歩いていた。勇者の力はまだ完全には戻っていないが、それでも周囲への警戒だけは怠らなかった。


(静かすぎる。)


 鳥の鳴き声がない。風の音だけが岩肌を撫でている。


(……来る。)


 その瞬間だった。


 ヒュンッ!!


 一本の黒い矢が飛来する。


「伏せろ!」


 アベルが叫ぶ。


 矢は兵士の兜を掠め、そのまま岩へ突き刺さった。


「敵襲!」


 警鐘が響く。


     ◇


 次の瞬間、両側の岩壁から無数の影が飛び降りてきた。


 ゴブリン。

 オーク。

 そして黒い甲冑を纏った魔族。


 数十、いや百近い。それだけの敵が谷全体を包囲するように展開されていた。


「待ち伏せか!」


 兵士たちが剣を抜く。レオニスも剣を構えた。


「迎え撃つ!前衛!隊形を維持しろ!」


     ◇


 しかし、敵は統率されていた。魔族が指揮を執り、ゴブリンたちが一斉に押し寄せる。まるで訓練された軍隊だった。


     ◇


 アベルは短聖剣を抜き放つ。もうバレても仕方がないと割り切る程に余裕がなかった。


「リシア、左を!」

「任せて!」


 リシアが突撃する。フェリがその横を駆け抜け、風魔法で敵陣を乱す。


 ルナとミリアの魔法が後方から降り注ぐ。一瞬だけ戦線は押し返された。


     ◇


 その時だった。岩壁の上の一人の魔族が口元を歪める。


「見つけたぞ。」


 赤い瞳が真っ直ぐアベルを捉える。


「勇者。」


 その声と同時に十数体の魔族が一斉にアベルだけへ向かって駆け出した。


「敵の狙いは勇者のようです。」


 冷静なセレスティアの判断を聞いてレオニスは眉をひそめる。


(最初からアベルだけを。)


 偶然ではない。敵は勇者の存在を知っている。


     ◇


「アベル!勝手に一人で前へ出るな!レオニス殿下の指示に従え!」


 リシアが叫ぶ。だが、敵の包囲はすでに完成していた。


 前。

 左右。

 後方。


 アベルだけが切り離される。


     ◇


「マユミ!」


 レオニスが命じる。


「援護しろ!」

「……はい。」


 マユミは魔法を放つ。


 だが、敵もまた、それを読んでいた。魔族の魔法障壁が展開され、魔力を受け流す。


「メア!追撃だ!」


 黒い魔法が放たれる。しかし、それも敵部隊を散らすだけで決定打にはならない。


     ◇


 アベルは一人で次々と襲い掛かる魔族を斬り伏せていく。一体、二体、三体と。しかし、それでも全く数が減らない。勇者の力が弱まった今は、以前なら難なく突破できた包囲が、確実に重く感じられた。


     ◇


 岩壁の上で黒い外套を纏った魔族が静かに笑う。


「やはり報告通りだ。勇者は弱っている。今なら仕留められる。」


 その言葉を合図にするように。谷の奥から、さらに新たな魔物の群れが姿を現した。


 魔王軍の本隊だった。

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