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169話 理不尽な責任*

 魔王軍の斥候は、一瞬だけ討伐隊を見渡した。


 そして、踵を返す。


「逃げた!」


 兵士が叫ぶ。それを聞いたレオニスの表情が変わった。


「追え!絶対に逃がすな!」


 魔王軍に自分達の存在を知られるわけにはいかない。ここで斥候を取り逃がせば、待ち伏せや包囲を受ける危険すらある。それを危惧したレオニスは討伐隊を一斉に動かした。


     ◇


 先頭を駆けるリシア。


「止まりなさい!」


 剣を振るう。しかし斥候は木々の間を滑るように駆け抜け、紙一重でかわす。


     ◇


 フェリが弓を構えて風魔法を纏わせた矢を放つ。


「風刃!」


 無数の刃がついた矢が飛ぶ。だが、斥候は身体を低く伏せたり、魔法障壁を展開したりして全てを避けていった。


     ◇


 ルナとミリアも追撃する。


 雷。

 火球。


 それぞれがかなりの威力と範囲を持つ魔法を展開する。しかし、命中したと思った敵は残像でしかなかった。


 そうして森を知り尽くしたような動きで距離を広げていく。


     ◇


「マユミ!」


 レオニスが命じる。


「拘束魔法!」

「……はい。」


 マユミは魔法陣を展開する。蔦のような魔力が地面を走る。しかし、斥候は木を蹴り、高く跳躍した。その結果、拘束は空を切る。


「メア!撃て。」


 メアは命令通り魔法を放つ。漆黒の魔力が一直線に伸びる。だが、それすら届かない。斥候は木々の陰へ飛び込み、その姿を完全に消した。


     ◇


 静寂。


 追撃は終わり、逃げられてしまったという事実が重くのしかかる。


 レオニスはゆっくりと振り返る。視線の先には、まだ息を整えているアベルがいた。


「アベル。」


 静かな声だった。


「何故、動かなかった。」


 アベルは短く息を吐く。


「……身体が。」


 最後まで言えなかった。


「言い訳は聞きたくない。」


 レオニスが遮る。


「お前が動けていれば討ち取れていた。今回の失態はお前の責任だ。」


 周囲が静まり返る。兵士たちは誰一人、口を開かなかった。だが、その胸中は以前とは少し違っていた。


(……またか。)

(あれもアベルの責任になるのか。)


 四日前なら笑っていただろう。乾パンだけを渡され、夜通し警戒へ出されても。倒れた姿を見ても。


 だが今は違う。誰の目にも、アベルが限界まで酷使されていたことは明らかだった。それでも責任を負わされる。その光景を見続けた兵士たちは、ようやく理解し始めていた。


(もし殿下の機嫌を損ねたら……)

(……次は俺たちかもしれない。)


 アベルだけが特別なのではない。気に入られなければ、あるいは失望されれば、自分たちも同じように扱われるのではないか。その想像が、兵士たちの背筋を静かに冷やしていく。

 もう、誰も笑わなかった。笑えなかった。


     ◇


 レオニスは一つ咳払いをする。


「……とはいえ、今ここで戦力を失うわけにもいかない。」


 少し考える素振りを見せる。


「今日から夜間警戒は兵士との交代制とする。食事もも通常配給へ戻す。最低限の体力だけは維持してもらう。」


 それだけだった。待遇はわずかに改善された。もちろん、それはアベルを気遣ったからではない。戦力を失えば困る。アベルの扱いを見て兵士達の士気も下がっているのを、どうにかしなければならない。ただ、それだけの理由だった。


     ◇


 それでも兵士たちは、内心ほっと息をついた。少なくとも、これ以上、理不尽な扱いが続けば、自分たちまで巻き込まれるかもしれない。そんな不安を抱えながら行軍する日々は、誰にとっても居心地の良いものではなかったのだ。


 レオニスの最後の命令によって、その恐怖は、ほんの少しだけ和らぐ。今まで胸の奥に溜まり続けていた重苦しさも、完全ではないにせよ、僅かに薄らいでいった。だが、部隊全体に広がった重苦しい雰囲気は、確実に士気を下げていった。


 アベルは静かに頭を下げた。


「……了解しました。」


 責任を押し付けられたことにも、理不尽な評価にも、何一つ反論しなかった。その姿を見つめるマユミは、小さく目を伏せた。


(そんなふうに……全部、一人で背負わないでください。)


 心の中で願う。だが、その願いを口にすることはできない。


 今も彼女の首元のチョーカーは冷たく鈍い光を放っている。

評価ポイント200突破記念


評価・ブックマークありがとうございます。

メアさんから読者の皆さまへとっておきの魔法をどうぞ。

挿絵(By みてみん)

すみません。例のシーンの別カット(没)です。


あと、感想もありがとうございます。

励みになっております。

おかげさまで、今のところ8/23のep277まで投稿が終わっています。ちょっとペースが落ちてきていますが、このお盆に巻き返せればと。

引き続きよろしくお願い致します。


<設定裏話>

彼女は完全な悪魔形態だと少し幼く見える感じになりますが、どっちかというとこれが本来の素です。学院や侍女としての姿は意図的に少し大人っぽさを強調しています。種族的な権能とメイクで見た目の年齢はある程度操作できるので、お世話する対象のマユミよりも年下にしか見えなくなり、いろいろと不都合(マユミが歳下をコキ使っているみたいな悪評が立つなど)がでたりしないようにしています。

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