168話 限界の果て
特別討伐隊が王都を発ってから四日。
アベルへの扱いは、一向に変わる気配がなかった。
昼は最前線。夜と早朝は外周警戒。温かい食事は与えられず、眠れる時間も僅かしかない。さらに勇者の力が弱まっていることを知る者は、本人しかいなかった。だから誰も、アベルが限界へ近づいていることに気付かない。
◇
昼過ぎ。
街道脇で小休止が命じられる。兵士たちは腰を下ろし、水を飲みながら談笑していた。
レオニスの周囲では、今日も賑やかな笑い声が響いている。
その少し離れた場所。
アベルは木にもたれ掛かるように立っていた。
(少しだけ……。)
そう思った瞬間だった。
視界が揺れ、膝から力が抜ける。
ドサッ。
アベルはその場へ倒れ込んだ。
◇
「倒れたぞ。」
兵士の一人が笑う。
「とうとう限界か。」
周囲にも失笑が広がる。
レオニスはゆっくり歩み寄った。倒れたアベルを見下ろし、小さく肩をすくめる。
「やれやれ。勇者ともあろう者が、その程度とは。」
そう呟くと、倒れたアベルの脇腹を軽く足先で小突いた。
「起きろ。」
反応はない。
◇
レオニスは後ろを振り返る。
「メア。こっちに来い。」
無表情の少女が一歩前へ出た。
「水球を……コイツの頭へ。」
その命令にメアは何の迷いもなく手を掲げた。すぐに淡い青い魔法陣が展開され、次の瞬間には人の頭ほどもある水球が生み出された。
それはゆっくりとアベルの顔を覆う。
意識のないアベルは動けないまま、鼻も口も水に塞がれる。呼吸ができない。
数秒後、身体が苦しそうにもがき始める。そして…
「……っ!」
アベルは激しく咳き込みながら飛び起きた。水球は砕け散り、全身が濡れる。
「ごほっ……!」
必死に空気を吸い込むことで、ようやく呼吸が戻った。
「目が覚めたようだな。」
レオニスは淡々と言う。
「なら問題ない。」
それだけ告げると踵を返した。
「メア、隊列に戻れ。」
メアも静かに列へ戻る。
その横で、マユミだけが拳を震わせていた。
(お願いだから……これ以上、アベルを苦しめないで。メアに、そんな酷いことをさせないで……。)
そう願っても、チョーカーは沈黙したまま首元で鈍く光るだけだった。
◇
アベルはゆっくりと立ち上がる。
身体は重い。
呼吸も苦しい。
勇者の力も戻らない。
それでも誰にも弱音は吐かなかった。
「……大丈夫です。」
その一言だけを残す。だが、その声に以前の力強さはもう残っていなかった。
その時、森の奥で木々が揺れた。
ザザッ――。
気配は一つ。しかし、人間でも魔物でもない独特の魔力を纏っている。
レオニスが視線を向ける。
「止まれ。」
隊全体が戦闘態勢へ移ると、茂みの奥から、黒い外套を羽織った一つの影が姿を現した。
魔王軍の斥候、その赤い瞳が、討伐隊全員を静かに見渡していた。




