閑話43話 届かない聖女の癒し*
魔王特別討伐隊の野営地。
その日の戦闘を終えた兵士たちが、次々と天幕へ戻ってきていた。魔物との戦いによる疲労は大きい。負傷者も少なくなかった。
◇
「皆さん、こちらへ来てください。」
エリスが静かに声を掛ける。その手の聖杖には、淡い光が集まっていた。
「聖女様……。」
「大丈夫です。」
エリスは微笑む。
「今、癒やしますね。」
◇
次の瞬間。
エリスを中心に、広範囲へ回復魔法が広がった。柔らかな光が兵士たちを包み込む。疲労が和らぎ、戦闘で受けた傷も少しずつ癒えていく。
「おお……。」
「身体が軽くなった!」
「ありがとうございます、聖女様!」
兵士たちから次々と感謝の声が上がる。エリスは少し照れながら頭を下げた。
「皆さんがいつでも万全な状態で戦えるようにすることが、私の役目ですから。」
◇
しばらくして、遠くから足音が聞こえてきた。
「戻りました。」
アベルだった。警戒任務を終え、ようやく本隊へ帰投したのだ。
エリスはすぐに気付く。
「あ、アベルさん。」
彼の身体には、まだ戦闘の疲れが残っている。回復魔法を受けていないのだから当然だった。
◇
回復魔法をかけようとエリスが手を杖に伸ばす。
しかし、
「……。」
一瞬、別の考えが脳裏をよぎった。
(アベルさんには……本当に回復が必要でしょうか。)
王都防衛戦。
ドラゴンとの戦闘。
そのたびにアベルは立ち上がってきた。
(強くなるためには、傷や疲労を自ら乗り越えることが必要……だった気が……?)
何故かそんな考えが浮かんだ。もちろん、確かな根拠があるわけではない。ただ、勇者であるアベルなら普通の兵士とは違うのではないか。そう思ってしまった。
「……殿下。」
エリスはレオニスへ視線を向ける。
「アベルさんも回復してよいでしょうか?」
レオニスは少しも迷わなかった。
「必要ない。アベルはそのままでいい。」
断定する声だった。
「むしろ、疲労を残した方がいい。彼には、その程度でどうにかなるような鍛錬では足りない。」
エリスは黙った。
「……そう、ですか。」
どこか引っ掛かる。
だが、レオニスは勇者を誰より理解している。
そう、エリスは信じていた。
「分かりました。」
結局、エリスはアベルに回復魔法をかけなかった。アベルも、そのやり取りを特に気にした様子はなかった。
「俺は大丈夫です。明日の任務にも問題ありません。」
そう言って、自分の天幕へ向かう。
エリスはその背中を見つめた。
(……本当に、大丈夫なのでしょうか。)
聖女として人を癒やすことを使命としてきた。目の前に疲労した人がいれば助ける。それが当たり前だった。……なのに、今回は、何故か自分から回復を止めた。
「……。」
エリスは小さく胸元へ手を当てる。何かがおかしい。そう感じる。けれど、その違和感を、言葉にすることはできなかった。
◇
その夜。
兵士たちの天幕からは、安堵した声が聞こえていた。皆、エリスの回復によって明日の戦いへ備えることができる。
その一方、少し離れた場所で、アベルだけが、回復を受けないまま静かに眠りについていた。
そしてエリスは、その事実を知りながら、レオニスの判断を信じるしかなかった。




