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閑話43話 届かない聖女の癒し*

 魔王特別討伐隊の野営地。


 その日の戦闘を終えた兵士たちが、次々と天幕へ戻ってきていた。魔物との戦いによる疲労は大きい。負傷者も少なくなかった。



「皆さん、こちらへ来てください。」


 エリスが静かに声を掛ける。その手の聖杖には、淡い光が集まっていた。


「聖女様……。」

「大丈夫です。」


 エリスは微笑む。


「今、癒やしますね。」


挿絵(By みてみん)


 次の瞬間。


 エリスを中心に、広範囲へ回復魔法が広がった。柔らかな光が兵士たちを包み込む。疲労が和らぎ、戦闘で受けた傷も少しずつ癒えていく。


「おお……。」

「身体が軽くなった!」

「ありがとうございます、聖女様!」


 兵士たちから次々と感謝の声が上がる。エリスは少し照れながら頭を下げた。


「皆さんがいつでも万全な状態で戦えるようにすることが、私の役目ですから。」



 しばらくして、遠くから足音が聞こえてきた。


「戻りました。」


 アベルだった。警戒任務を終え、ようやく本隊へ帰投したのだ。


 エリスはすぐに気付く。


「あ、アベルさん。」


 彼の身体には、まだ戦闘の疲れが残っている。回復魔法を受けていないのだから当然だった。



 回復魔法をかけようとエリスが手を杖に伸ばす。

 しかし、


「……。」


 一瞬、別の考えが脳裏をよぎった。


(アベルさんには……本当に回復が必要でしょうか。)


 王都防衛戦。

 ドラゴンとの戦闘。

 そのたびにアベルは立ち上がってきた。


(強くなるためには、傷や疲労を自ら乗り越えることが必要……だった気が……?)


 何故かそんな考えが浮かんだ。もちろん、確かな根拠があるわけではない。ただ、勇者であるアベルなら普通の兵士とは違うのではないか。そう思ってしまった。


「……殿下。」


 エリスはレオニスへ視線を向ける。


「アベルさんも回復してよいでしょうか?」


 レオニスは少しも迷わなかった。


「必要ない。アベルはそのままでいい。」


 断定する声だった。


「むしろ、疲労を残した方がいい。彼には、その程度でどうにかなるような鍛錬では足りない。」


 エリスは黙った。


「……そう、ですか。」


 どこか引っ掛かる。

 だが、レオニスは勇者を誰より理解している。

 そう、エリスは信じていた。


「分かりました。」


 結局、エリスはアベルに回復魔法をかけなかった。アベルも、そのやり取りを特に気にした様子はなかった。


「俺は大丈夫です。明日の任務にも問題ありません。」


 そう言って、自分の天幕へ向かう。

 エリスはその背中を見つめた。


(……本当に、大丈夫なのでしょうか。)


 聖女として人を癒やすことを使命としてきた。目の前に疲労した人がいれば助ける。それが当たり前だった。……なのに、今回は、何故か自分から回復を止めた。


「……。」


 エリスは小さく胸元へ手を当てる。何かがおかしい。そう感じる。けれど、その違和感を、言葉にすることはできなかった。



 その夜。


 兵士たちの天幕からは、安堵した声が聞こえていた。皆、エリスの回復によって明日の戦いへ備えることができる。


 その一方、少し離れた場所で、アベルだけが、回復を受けないまま静かに眠りについていた。


 そしてエリスは、その事実を知りながら、レオニスの判断を信じるしかなかった。

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