閑話40話 魔導拘束具制作秘話*
学院祭の数日後、アベルがアルセリア王国に滞在中の学院の魔道具研究室。
薬品の香りと金属を削る音が満ちる工房で、ミリアはミスリルゴーレムの腕の解析に没頭していた。
「ミリア」
静かな声に振り返ると、そこにはレオニスが立っていた。
「レオニス殿下。何か御用でしょうか」
満面の笑みでレオニスを出迎えるミリア。
「少し頼みたい魔道具がある」
そう言って彼が机の上へ置いたのは、一枚の設計図だった。
チョーカー。
ただし装飾品ではない。幾重にも魔法陣が刻まれ、封印術式と認証術式が組み込まれた特殊な魔道具だった。
「これは……」
「人型の魔族の思考と行動を制限するための魔導拘束具だ」
レオニスは淡々と説明する。
「首に装着すると魔力の流れを制限し、幻惑状態にして思考能力と行動を大幅に封じる。さらに、それを登録した管理者が意のままに操れるようにしたい」
ミリアは図面を見つめながら眉をひそめた。
「術式だけなら理論上は可能です。ですが……」
彼女は顔を上げる。
「このような魔道具は、相手の尊厳を奪いかねません。」
「相手は魔族だ。」
「それでも、理性を備えた者もいます。」
研究者として、そして一人の人間として譲れない一線だった。
「拘束が必要な場面はあるでしょう。でも、相手の意思を奪うような道具を作るべきではありません。」
レオニスは少しだけ目を細めた。
「理想論だな。」
「理想かもしれません。でも、だからこそ研究者には倫理が必要です。」
工房に静寂が流れる。
やがてレオニスは小さく息をついた。
「ならば、これはどうだ。」
彼は左手を差し出した。
中指に黒い小さな宝石が嵌め込まれた銀の指輪。ミリアの左手にも同じ指輪が嵌められている。
「私たちは王国を守る仲間だろう?」
その言葉とともに、指輪の宝石が怪しく輝いた。
温かな光。
胸の奥へゆっくりと染み込んでくるような感覚。
(……そう、私は……)
レオニス殿下と同じ目的を持っている。
王国を守るため。
そのためなら——
先ほどまで胸を締め付けていた違和感が、霧が晴れるように薄れていく。
「……そうですね。」
ミリアは小さく頷いた。
「もし封印だけでは危険を防げない魔族が現れたら……必要になるかもしれません。」
自分でも驚くほど自然に、その言葉が口からこぼれた。
「危険な個体を確保し、多くの命を守るためなら。」
レオニスは満足そうに微笑む。
「話が早い。」
ミリアは設計図を見直した。先ほどまで「作るべきではない」と思っていた箇所へ、改良案を書き込んでいく。
「封印術式を三重化して……暴走した魔力を自動的に抑制する補助回路を追加します。」
「ほう。」
「管理者認証も複数段階にします。偽装解除は不可能でしょう。万が一、命令に背いた場合には気絶するほどの強烈な痛みを発生して、命令に背くことへの恐怖心を植え付けるようにします。一方で、命令に従った場合、脳のA10神経を刺激して大量の脳内麻薬を放出させるようにします。これにより命令にあがらうことのできない永続的な仕組みに……。」
ペンが止まらない。
まるで最初から、この研究を進めたかったかのように。しかし、心のどこかで小さな声が響いていた。
(……本当に、これでいいの?)
その疑問は、指輪から流れ込む温かな魔力に触れるたび、波紋が消えるように静まっていく。
「完成までどれくらいだ?」
「丁度素材に必要なミスリルもここにありますし、一週間ほどで試作品は出来るかと。」
そこにはアベルから譲渡されたミスリルゴーレムの腕から採取した純ミスリルの小さな塊が置かれていた。
「期待している。」
「はいっ!」
レオニスは工房を後にした。
扉が閉まる音だけが静かに響く。
残されたミリアは再び設計図へ向き直る。
ふと、自分の左手の指輪へ視線が向いた。
「……不思議ですね。」
先ほどまで抱いていた強い抵抗感が思い出せない。倫理的に問題があると考えていたはずなのに、その理由だけが霞んでいる。
「きっと……王国のためですもの。」
そう自分に言い聞かせるようにつぶやくと、彼女は新たな羊皮紙を広げた。
そこへ大きく記した題名は――
『対人型魔族用 魔導拘束具 試作一号』
インクが乾いていく。
その文字を見つめるミリアの瞳には、もう先ほどまでの迷いは微塵も残っていなかった。




