163話 約束とすれ違い*
アルセリア王国での任務を終え、アベルとメアは学院へと帰還していた。
◇
学院へ帰還した翌日。
エマはすぐにセレスティアへ報告を行っていた。
「王国ではアベル様が……」
淡々と事実を並べるエマとは対照的に、セレスティアはどこか上の空だった。
「そう……」
返事は短い。視線は書類ではなく、別の場所を見ている。
◇
そして数日後。
アルセリア王国から届けられたミスリル装備一式と王からの手紙。本来ならばアベルへの正式な報酬であったそれは、セレスティアの判断により別の形で処理されることになった。
「これは……レオニス殿下へお渡しします。」
その場にいたエマは一瞬、言葉を失う。
「……は?」
理由の説明はなかった。ただ、当然のようにそう決定された。
その直後、エマはセレスティアの執務室に踏み込んだ。
「どうしてですか!」
声は抑えられていなかった。
「アベル様のために用意された装備です!それをどうしてレオニス殿下に……!」
セレスティアは静かに目を伏せる。
◇
あれは学院祭を2人で視察していたときのこと。レオニスは小さく息を吐いた。
「この剣もそろそろ限界だな……。いっそ、ミスリル装備があればなぁ。」
独り言のような呟きだった。
「ミスリル装備……ですか?」
「ああ。」
レオニスは何気ない口調で続けた。
「そういえば、アルセリアはミスリル装備の産地として有名だったな。」
「はい。ですが、最近は諸事情により品薄が続いていまして……。」
自分が幼い頃に引き起こした事故、母が亡くなる原因となってしまったその事故を思い出し、胸が少し痛む。
「そうか…。残念だな。もし良質なミスリルの剣や防具があれば、今後の魔王討伐でも大きな力になるんだけどな。」
直接「欲しい」とは言わない。だが、セレスティアには、それで十分だった。
左手の指輪が淡く輝く。
「……そうですね。」
セレスティアは頷いた。
「殿下に相応しい装備を用意できるのであれば、それが一番です。」
レオニスは満足そうに微笑む。
「無理をする必要はない。アルセリアにも事情があるだろう。」
その言葉さえ、セレスティアには「自分に負担を掛けさせたくない」という優しさに聞こえていた。
「大丈夫です。私が何とかします。」
◇
セレスティアは強引に理由を捻りだす。
「彼はレオニス様の国の民でレオニス様の指示で動かれたのです。だったら、一番の功績はレオニス様のものではないですか。それにレオニス様に使って頂いた方が、両国のためになるはずです。」
そんな説明に、全く納得がいかないエマ。だが、最近のセレスティアとレオニスの仲の良さを知っているエマは、セレスティアがレオニスへプレゼントしたいだけではないかという疑念を持った。一瞬、躊躇ったものの言葉を選ばずストレートに聞いてみた。
「国のためって……本気でそう考えておられるのですか?姫様がレオニス殿下に貢ぎたいからではなく?」
「……。」
どうやら当たりのようだった。エマは、もう抑えるのはやめて、震える声のまま腹の中にあるものを全部吐き出すことにした。
「アベル様がミスリルゴーレムを倒し、王国を魔族の侵略からも救ってくださったんですよ!12年前の王妃様が亡くなった事故だって、私達の所為じゃなく魔族の陰謀だって証明してくださったのもアベル様です。それらに対してレオニス殿下が何をしてくれたというのですか?」
エマの怒りと悲しみは堰を切ったように溢れ出した。
「今回の件、私は姫様に感謝しています。アベル様との同行を命じて頂いたおかげで、12年前の真相を直接知ることが出来たのですから!少なくとも私は、アベル様に救われました。姫様も同じではないんですか!?」
エマの涙が止まらない。あれだけ聡明で民の事を一番に考えるほど優しかったセレスティアが、恋愛にかまけて、こんなにポンコツになってしまったのかと思うと悔しくて仕方がない。だが、これは自分の教育が行き届かなかったせいかもしれない。そんな後悔が胸をつく。でも、エマは最後のお願いを祈るように吐き出した。
「だから……どうかお考え直し下さい!姫様、お願いします!!」
沈黙のあと、セレスティアは、わずかに視線を逸らした。そして…
「決定は決定です。」
セレスティアのその一言で、空気が壊れた。
◇
翌朝、エマは寮を出ていった。誰にも告げず、ただ静かに。
◇
王都の外れ。その姿をたまたまアベルが見つけた。
「エマさん」
振り返った彼女の顔は、涙が乾いた跡を作り、少し疲れてみえた。
「……アベル様」
◇
二人は静かな場所へと移動した。
エマから経緯が説明されたものの、言葉はすぐには出なかった。
やがてエマが口を開く。
「申し訳ありません。姫様のこと……」
アベルは軽く首を振る。
「気にしなくて大丈夫です。」
「……気にします」
エマは必死に言葉を探す。
「本当は、あの人は悪い人じゃないんです。ただ……どこかで間違えてるだけで……」
アベルは少しだけ目を細める。
「それは分かります」
エマは驚いたように顔を上げる。
「……分かるんですか?」
「完全に正しい人間なんていないですから。それより、エマさんが気遣ってくれたことの方が、俺は嬉しいです。」
エマはその言葉に少しだけ肩の力を抜いた。
沈黙のあと、エマは小さく頭を下げる。
「ありがとうございます。そう言って頂けて、少しだけ救われました」
そして、彼女は一歩踏み出す。
「これまで沢山助けていただいて、優しくしていただいて、この気持ちをどう表現したら良いのかわからなかった、いえ、わからないつもりでいたのですが、今はっきりとわかりました。」
「アベル様」
真っ直ぐな視線。
「私は……アベル様のことが好きです。」
アベルは一瞬だけ目を閉じる。
「ありがとう。でも今は先にやるべき事があるんだ。だから……」
エマは一瞬だけ固まる。だが、すぐに小さく笑った。
「分かってます。リリア殿下にも同じ事を仰っていましたし……。私ごときがリリア殿下の愛するお方を、ということも頭ではわかっているんです。でも……それでも私の気持ちはお伝えしておきたかったんです。」
(いや、リリア王女殿下のことは、またちょっと違うと思うけど…。)
「私は諦めません。いつかお側においていただける、その日まで。」
その瞬間だった。
「ちょっと待って下さい。」
鋭い声が割って入る。柱の影から現れたのはメアだった。侍女メアリーの姿をしているのは買い物の途中か何かだからだろうか。
「アベル様のお側は私のものです」
エマは目を見開く。
「は?」
アベルは額に手を当てる。
「おい……」
三人の視線が交差する。
静かだった空気は、一瞬で騒がしく崩れていく。
こうして、ミスリル装備を巡る問題と、それぞれの感情は、さらにややこしい形へと絡み合っていった。
お待たせしました。
次からはレオニスさんが大活躍(?)します。




