015話 交わることのない二人
翌朝。
学院の剣術実技の授業で広い訓練場には、多くの生徒が集まっていた。
「今日は基本動作の確認から始める!」
教師の号令とともに、一斉に木剣が構えられる。その中で、リシアはいつもと違う構えを取っていた。
ほんのわずか。
本当にわずかな違い。
だが、体重の乗せ方が変わっている。
肩の力が抜けている。
剣を握る手も柔らかい。
「始め!」
木剣が交錯する。
カンッ!
一合。
二合。
三合。
対戦相手の木剣が大きく弾かれた。
「参りました!」
教師が目を細める。
「……ほう。」
昨日までとは剣筋が違う。無駄な力が抜け、一撃目から次の動作へ自然につながっている。本人の才能では説明できない変化だった。
「お見事です、リシア様!」
取り巻きの生徒たちが口々に称賛する。
リシアは微笑みながらも、小さく首を振る。
(まだ全然届かない。)
昨日教わったことを思い出しながら振ってみても、あの黒衣の剣士のようにはいかない。
それでも、昨日までより確かに剣が軽い。
身体が自然に動く。
その変化だけは実感できた。
⸻
一方、それを見ていたレオニスも満足そうに頷いていた。
(やっぱりだ。)
ゲームでは、この時期からリシアは壁を越え始める。イベントは多少前後したが、流れは同じ。
自分が励まし、彼女が努力した。
だから成長した。
すべて攻略シナリオの通りだ。
そう納得する。
だから気付かない。
リシアが昨日、自分以外の誰かと会っていたことに。
⸻
「リシア。」
昼休み。
レオニスは自然な笑顔で声を掛ける。
「昨日話した通り、努力が実を結び始めたようだね。」
「……はい。」
リシアは礼儀正しく頷く。否定はしない。
確かに努力はした。
だが…
(違います。)
その一言だけは飲み込んだ。
努力の方向を示してくれた人は、別にいる。
それを口にすることはできなかった。
⸻
その頃、一般クラスでは。
「アベルー!」
ガイルが大きく手を振る。
「昼飯行くぞ!」
「ああ。」
アベルはいつも通り立ち上がる。食堂へ向かう途中。向こうから特別クラスの生徒たちが歩いてくる。
その中心にはレオニス。
そしてリシアもいた。
一瞬だけ視線が合う。リシアの胸が小さく高鳴る。
(昨日の……。)
もちろん学院で見る彼は黒衣ではない。というより、彼女の目には「どこか見覚えがある気もする普通の少年」にしか映らない。
認識阻害の外套が印象を曖昧にしているせいで、顔も体格も一致しない。
それでも…
どこか歩き方が似ている。
そんな気がした。
「どうかしましたか?」
セレスティアが尋ねる。
「……いえ。」
気のせいだろう。
そう思うことにした。
⸻
アベルもまた、リシアへ一瞬だけ視線を向けた。
(リシアさんか。)
ゲームでは、主人公の仲間になる少女。
今はレオニスのパーティーにいる。
その姿を見て、小さく笑う。
(元気そうで良かった。)
昨日は足を痛めていたが、普通に歩けているなら問題ない。それだけ確認すると、興味を失ったように食堂へ向かう。ゲームでは何度も一緒に旅をした相手。
だが、それはゲームの中だけの話だ。現実の彼女は、自分を知らない。
だから…
無理に関わる理由もない。
⸻
その日の放課後にリシアは再び迷宮に続く道へ向かった。
昨日と同じ場所。黒衣の剣士が現れた空間で木剣を振る。
一時間。
二時間。
日は暮れ始める。
しかし、今日は誰も現れなかった。
「……そうですよね。」
少しだけ寂しそうに笑う。
偶然助けられた。
偶然教わった。
それだけなのだ。
毎日会えるはずがない。
⸻
帰ろうとした、その時だった。足元に小さな革袋が置かれていることに気付く。
「これは……?」
中には湿布薬と包帯。そして一枚の紙。
達筆とは言えないが、丁寧な字で短く書かれていた。
"足、無理しないように。
剣は休むことも修練だから。"
名前はない。
差出人も書かれていない。
けれど...
リシアは自然と笑みを浮かべていた。
「ふふ……。」
初めてだった。
剣を教えてくれる人が、自分の身体まで気遣ってくれたのは。
父は厳しかった。
師範たちも同じだ。
「痛みは鍛錬で乗り越えろ」が当たり前だった。
なのに…
あの人は違う。
無理をするな、と言った。
その一言が、不思議なくらい心に残る。
⸻
一方、その頃。アベルは寮へ戻る途中だった。
「湿布、置いてきたし。」
昨日の足の状態なら、放っておけば悪化する。ガイルたちおっさん冒険者から教わったことだった。無理をして怪我を長引かせる方が、結局は弱くなる。
「明日には治ってるといいな。」
それだけ呟く。
まさか、その何気ない気遣いが、リシアの心にこれまでにない温かさを灯したことなど、知る由もなかった。




