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013話 剣姫の焦燥*

《アイアンゴーレム》討伐演習から一週間。


 学院では相変わらずリシアの活躍が話題になっていた。


「剣姫が上位種を倒したらしい。」

「さすがヴァルク公爵家だ。」

「崩落にも巻き込まれたのに無事だったって聞いたぞ。」


 そんな噂を聞くたびに、リシアは胸が締め付けられた。


 違う。


 違うのだ。


 自分は何もできなかった。


 本当なら、あの場で命を落としていた。


 助けてくれた人がいたから、生きているだけなのだ。


 しかし、その事実を知る者は自分しかいない。

 誰に話しても信じてもらえない気がした。

 だから彼女は、剣を振るしかなかった。



 朝。


 まだ日が昇り切る前の訓練場。


 カンッ。


 カンッ。


 木剣が空を裂く音だけが響いている。


「……百九十七。」

「百九十八。」

「百九十九。」

「二百。」


 それでも止まらない。

 ヴァルク流の基本太刀。


 千本。

 二千本。

 三千本。


 汗が地面を濡らしていく。


「リシア?」


 登校してきたセレスティアが驚いたように立ち止まった。


「もう訓練を?」

「はい。」


 短く答える。


「少し足りないと思いまして。」

「十分お強いでしょう?」


「……いいえ。」


 リシアは小さく首を振った。


「私は、まだまだです。」


 その横顔には焦りが滲んでいた。



 同じ頃の生徒会室。


「殿下。」


 クラリスが資料を差し出す。


「最近のリシアですが、訓練量が増えています。」

「そうか。」


 レオニスは軽く頷いた。

 ゲームでもあった。

 アイアンゴーレム事件のあと、リシアは努力を重ねる。そして主人公との模擬戦を経て壁を乗り越える。


(イベントは順調だ。)


 少し展開は違ったが、流れは同じ。

 リシアが壁にぶつかり、自分が支える。

 そうなれば好感度はさらに上がる。

 攻略ノートにもそう書いていた。


「今日、少し話をしてみよう。」



 放課後、訓練場にはリシア一人だけが残っていた。


 木剣を握る手は震えている。腕も限界だった。

 それでも振る。


 振る。

 振る。


「まだです。」


 あの剣には届かない。

 あの一太刀。

 無駄のない、美しい剣。

 頭から離れない。


「リシア。」


 後ろからレオニスが歩いてきた。


「殿下。」


「少し休んだらどうだ?」


「……。」


「焦る気持ちは分かる。」


 レオニスは穏やかな笑みを浮かべる。


「努力は必ず報われる。」


 ゲームのイベントで主人公が掛ける台詞だった。


「君ほど努力している者はいない。」

「ありがとうございます。」


 リシアは礼を言う。


 だが、胸には何も響かなかった。


 優しい言葉だ。間違ってもいない。

 けれど。


(違う。)


 自分が知りたいのは、自分に足りないものは何なのか。あの剣との違いは何なのか。


 その答えだった。



 レオニスは続ける。


「今のままで十分強い。」

「……はい。」

「自信を持てばいい。」


 リシアは微笑んだ。

 礼儀として。

 しかし心の中では、小さな違和感が広がっていた。


 何かが違う。

 何かが噛み合わない。

 それが何なのか、自分でも分からない。



 その日の夕方。


 アベルは黒霧の迷宮へ向かおうとしていた。

 目的は素材採取。ミリアから頼まれた魔鉱石だ。


「今日は浅いところで済みそうだ。」


 独り言を呟きながら歩いていると。

 風切り音が聞こえた。


 シュッ。

 シュッ。


「……?」


 音のする方へ向かう。

 開けた空間。

 そこでは一人の少女が刀を振っていた。


 リシアだった。


 誰にも見られていないと思っているのだろう。

 必死だった。

 足は震え。

 肩で息をし。

 それでも刀を振ることを止めない。


挿絵(By みてみん)


 アベルは思わず足を止める。


(あ。)


 ゲーム追加ディスクのイベントだ。

 リシアはこの時期、密かに鍛錬していた。

 誰にも弱さを見せないため。


 そして、ここで主人公が偶然見つけることになる。


(そういえば……。)


 追加ディスクにはもう一つ設定があった。


 ヴァルク流。


 王国最強と謳われるその剣術には、一つだけ重大なな欠点がある。いや、達人でなければ欠点ともいえないレベルのものではあるが。


 それは――


 力の伝達効率を優先するあまり、体幹を固定し過ぎること、だ。


 人間相手や小型の魔物には今のままでも強い。だが大型のパワーのある魔物には衝撃を逃がせず、力負けすることも多い。だから、アイアンゴーレムの拳を受け切れなかった。


 ゲームの設定では、魔物の大型化が進んだのは比較的最近で、先代の魔王の時代から急に増え始めたとされている。時代の移り変わりと伝統による最適化、その食い違いが生じたのである。


 ゲーム本編では語られない。追加ディスクで、ヴァルク家の始祖が残した古い刀剣術書を見つけるところから始まるイベントで大型の魔物の存在を想定していないことが判明することから始まるクエストだった。


 アベルは思わず呟く。


「惜しいな……。」


 その声に、リシアが振り返った。


 夕日に照らされる黒い外套。

 認識を曖昧にする、不思議な装備。

 胸が大きく高鳴る。


(あの人――。)


 迷宮で、自分を救ってくれた剣士。

 再び、目の前に現れた。

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