012話 剣姫の試練
学院には、一つの伝統があった。
毎期末に行われる、実戦演習。教師立ち会いのもと、迷宮で魔物と戦い、その成果を競う。成績はそのまま進級評価やクラス内順位に反映されるため、生徒たちは皆、真剣だった。
そして、この演習はもう一つの意味を持っている。将来の「固定パーティ」を見極める場でもあった。
レオニスの周囲には、自然とヒロインたちが集まる。
セレスティア。
クラリス。
ミリア。
そして剣術科首席――リシア・ヴァルク。
王国最強と名高いヴァルク公爵家の令嬢。
幼い頃から「剣姫」と呼ばれ、学院入学前から数々の剣術大会を制してきた少女である。
束ねた長い黒髪。
凛とした瞳。
鍛えられた身体。
そして誰よりも高い誇り。
彼女にとって剣とは、自らの生き方そのものだった。
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「今回の演習は第二層まで。」
教師が説明する。
「危険度は低いが、連携を意識するように。」
レオニスはすぐに口を開く。
「リシア。」
「はい。」
「今回の前衛は君に任せたい。」
彼女は力強く頷く。
「必ず期待に応えてみせます。」
ゲーム本編でも、この演習でリシアは大活躍する。その姿に主人公が惹かれ、互いに剣を磨き合う関係となる。レオニスはもちろん、そのイベントも知っていた。だからこそ、自ら彼女を前衛に推薦したのである。
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一方、一般クラス。
アベルもまた別班として同じ迷宮へ向かっていた。ただし担当区域は、誰も好んで近寄らない第三層寄りの探索区域。
教師ですら苦笑する。
「またアベルか。」
「本人が希望したんですか?」
「いや。」
教師は首を振る。
「生徒会からの割り振りだ。」
その場にいたガイルが眉をひそめる。
「最近、アベルばっかり危険な場所じゃねぇか。」
教師も否定できなかった。
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その頃の迷宮第二層。
リシアは次々と魔物を斬り伏せていた。
「さすが剣姫!」
「強い!」
周囲から歓声が上がる。
レオニスも満足そうに頷く。
「素晴らしい。」
ゲーム通りだった。
リシアは強い。
この程度の魔物なら問題ない。
しかし、追加ディスクでは、この演習に隠しイベントが存在する。
第二層と第三層を繋ぐ崩落区域。
そこへ迷い込むと、通常では遭遇しない上位種が出現する。本編だけを遊んだプレイヤーは誰も知らないイベントだった。
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ガガガガ……
突然、地面が揺れた。
「地震!?」
「違う!」
教師が叫ぶ。
「魔力反応だ!」
壁が崩れる。土煙の中から現れたのは、高さ三メートルを超える鋼鉄色の巨人。
《アイアンゴーレム》。
教師の顔から血の気が引いた。
「なぜこんな場所に……!」
リシアが剣を構える。
「私が止めます!」
「待ちなさい!」
教師の制止は届かない。
剣閃が閃く。だが…
キィン!!
鋼鉄の身体に弾かれた。
「硬い……!」
次の瞬間。巨大な拳が振り下ろされる。
ガギッ!!!
リシアは辛うじて避ける。しかし着地した場所が悪かった。
「しまっ――」
足場が崩れた。身体が奈落へ落ちる。
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その頃の第三層。
アベルは薬草を採取していた。
ズドォォン!!
地響き。
「……?」
追加ディスクの記憶が蘇る。
(この音……。)
崩落イベント。そしてアイアンゴーレム。
「まさか。」
考えるより先に走り出していた。
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崩落地点。
リシアは岩へ叩き付けられながらも立ち上がる。
右足を痛めている。逃げられない。
ゴーレムが拳を振り上げる。
「……ここまで、ですか。」
悔しさだけが胸を満たす。
もっと強くなりたかった。
父を超えたかった。
王国最強の剣士になりたかった。
その願いが潰えようとした、その時…
黒い影が落ちた。
ドォォォン!!
轟音。
ゴーレムの拳を、一人の青年が受け止めていた。
黒い外套。
見覚えのある装束。
リシアは目を見開く。
「あなたは……!」
青年は振り返らない。
静かに剣を抜く。
その剣筋は、今まで見たどんな剣とも違っていた。
無駄がない。
美しい。
そして圧倒的だった。
一太刀。
二太刀。
三太刀。
鋼鉄の身体に細い線が刻まれる。そして…
カラン。
ゴーレムの核が真っ二つに割れた。
巨体がゆっくりと崩れ落ちる。
リシアは言葉を失っていた。
(何……今の剣。)
公爵家でも見たことがない。
父でも。
師でも。
誰でもない。
自分が目指すべき”理想の剣”が、そこにあった。
「お待ちください!」
思わず叫ぶ。
「お名前を――」
青年は立ち止まる。一瞬だけ横顔が見えた。しかし、認識阻害のせいで霞んでいる。
それでも、その横顔は、思わず見惚れるほど整っていた。しかし次の瞬間には、再び輪郭が曖昧になる。
彼は何も答えない。
静かに迷宮の闇へ溶けるように姿を消していった。
リシアはその背中を、ただ見送ることしかできなかった。
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「リシア!」
しばらくして教師と救助隊が駆けつける。
その先頭にはレオニスの姿もあった。
「無事か!」
「……はい。」
教師は周囲を見回し、目を見開く。
「《アイアンゴーレム》が倒れている……。」
巨大な身体は岩盤の下敷きになっていた。
胸部には深い亀裂が走っている。
教師は天井を見上げた。
「崩落か……。」
レオニスも同じように状況を確認する。ゲーム本編では、この演習でリシアは瀕死になる。そこへ主人公が助けに入り、イベントが始まる。しかし今回は主人公はいない。その代わりに崩落が起きた。
(イベントが少し変化しただけか。)
レオニスは自然にそう結論付ける。本編に存在しない《アイアンゴーレム》も、黒衣の青年も、彼は知らない。だからこそ、目の前の状況をゲーム本編の知識に当てはめて理解した。
「先生。」
レオニスが静かに教師に耳打ちする。
「リシアが崩落を起こして、それによりアイアンゴーレムを倒したのでしょう。」
教師は何度も頷いた。
「十分あり得る。」
「この巨体です。落盤だけでも致命傷になりますから。」
教師も疑わない。そう見えて当然の現場だった。
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レオニスは安堵する。
(危なかった。)
ゲームとは違う展開だったが、大筋は変わらない。
リシアは助かった。自分も救助に駆け付けた。これならイベント成功だ。
(好感度も上がっただろう。)
ゲームでは危機に駆け付ければリシアイベントは成功だった。レオニスは内心ほくそ笑んだ。
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一方、リシアは何も言えなかった。
あまりの衝撃に心を奪われていたのだ。本当はアイアンゴーレムのあの一撃で終わっていた。それを助けてくれた人がいた。自分だけが見た、あの黒い外套の青年の水が流れるような剣。
そして――
自分を庇うように立つ背中。
だが、そのことを口にするのを躊躇った。
名前も知らない。
姿も曖昧だ。
認識阻害の影響なのか、思い出そうとすると輪郭が霞む。
夢でも見ていたような感覚すらある。
(……でも。)
胸だけは覚えている。
あの剣を見た瞬間の衝撃を。
自分が憧れた理想の剣を。
⸻
教師は笑顔でリシアの肩を叩く。
「よく頑張った。」
周囲からも称賛が飛ぶ。
「さすが剣姫!」
「立派だった!」
リシアは微笑み返す。
だが胸の中だけは晴れなかった。
皆が称えるべきは、自分ではない。自分を救った誰かだ。
その誰かは、何も求めず去っていった。
だからこそ。
(いつか……。)
もう一度会いたい。
礼を言いたい。
ただ、それだけを胸に秘めることにした。
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一方その頃。
アベルは採取した《アイアンゴーレムの核》を袋へしまいながら、小さく息をついた。
「救助、間に合ったみたいだな。」
それだけ確認すると、少し離れた位置からのリシアを監視を終え、再び薬草を探し始める。
助けた少女が、自分の剣に憧れを抱いたことも。
そして王太子が、その出来事を「ゲームイベントが少し変化しただけ」と解釈して満足していることも。
アベルは何一つ知らないのだった。




