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011話 何が起きていたのか

侯爵令嬢の違和感


 学院祭まであと2か月。


 特別クラスでは、クラリスを中心に少しずつ準備が進められていた。今年の目玉は、侯爵家や商会と連携した物産市。その企画の発案者は生徒会長に就任したばかりのレオニスだった。


「王都の商人たちと学院を結ぶ良い機会になります。」


 壇上でそう語るレオニスに、生徒たちは惜しみない拍手を送る。


「さすが殿下!」

「先のことまで考えておられる!」


 レオニスは満足そうに微笑む。

 もちろん、この企画もゲーム知識によるものだった。

 学院祭で商会との共同事業を成功させれば、クラリスの好感度が大きく上昇する。


 攻略本にはそう書かれていた。

 だからこそ、彼は誰よりも熱心に動いていた。



 一方、クラリスは実務責任者として各商会との打ち合わせに追われていた。


 帳簿を開き、商品の数量を確認する。


「木材、良し。織物も予定通り……」


 だが、一枚の報告書を見た瞬間、眉が僅かに寄る。


「やっぱり薬草が足らないです。」


 特に希少薬草《月光草》。納入予定数量が、例年の三分の一まで落ち込んでいる。超希少薬草である《命の雫草》に至っては全く入荷の目処がたっていない。


「担当者、この理由はわかりますか?」


 商会の番頭が困ったように頭を下げた。


「申し訳ありません。王都近郊では、ほとんど採れなくなってしまいまして……」

「採れなくなったとは?」

「半年前までは問題なかったのですが……」


 番頭も首を傾げる。


「理由が分からないのです。」


 クラリスは黙って資料を閉じた。


 理由が分からない。

 その言葉が妙に引っ掛かった。



 翌日。


 クラリスは学院図書館で過去十年分の流通記録を調べていた。


 希少薬草の取引量。

 価格。

 採取地域。

 これらの数字を並べていく。


「やっぱり……」


 半年前を境に、供給量が急激に落ちている。その後、取引価格は三倍まで高騰しているが、それでも入荷しない。


「自然災害?」


 違う。


「魔物?」


 それも違う。

 理由が見えない。



 その頃、アベルは放課後の黒霧の迷宮にいた。

 ミリアから頼まれた薬草採取である。


「この辺だったかな。」


 迷宮の隠し通路、その岩陰。

 薄暗い場所にだけ、《月光草》が群生している。

 外では絶滅しかけている希少薬草も、この迷宮では今なお静かに根を張っていた。


「結構あるな。」


 必要分だけを丁寧に摘み取り、根は残す。

 来年も、その先も採れるように。

 追加ディスクでは、この迷宮の薬草を乱獲すると再出現しなくなる仕様だった。だからアベルは自然と、採り過ぎない癖が身についている。



 ミリアは悩んでいた。


 数ヶ月前、レオニス殿下から大量の希少薬草を頂いた。その時はとても嬉しかった。でも、自分で使える量には限度がある。たくさんあっても採取の仕方が雑だったのか正直品質はあまり良くなかった。殿下から頂いたものを売るわけにもいかず、結局、使える分だけ使って、あとは保管庫行き。保管庫に入れてしまった薬草は効果が半減したり用途が限られたりする。薬草はやはり鮮度が重要なのだ。少なくとも自分の研究には使えなかった。


「勿体無い。」


 採取を担当してくれている学院の生徒達は言う。


「去年までは採れたんです!」

「急に全部なくなっちゃって……」

「先生も『誰かが採り尽くしたんじゃないか』って。」


 それがレオニス殿下の責任である可能性を考え、もしもあの時に希少薬草を貰わずに断っていたら、今の様な困ったことにはならなかったのかなぁ、と考えてしまうのだった。



 その日の夕方。


 アベルは余った薬草を再びクラリスへ届けた。


「品質は申し分ありません。」


 クラリスは代金を支払いながら、ふと尋ねる。


「アベルさん。」

「うん?」

「この薬草、どちらで採っておられるのですか?」

「迷宮だけど。」

「……やはり。」


 その一言だけで納得したように頷く。


「王都近郊では、もうほとんど見つかりません。」

「そうみたいだね。」

「理由をご存知ですか?」

「いや。」


 アベルは首を振る。本当に知らない。

 ただ、追加ディスクで「迷宮なら採れる」と知っていただけだった。


「そうですか……」


 クラリスは少しだけ残念そうに笑った。



 その夜。


 クラリスは侯爵家から届いた極秘報告書に目を通していた。そこには半年前、大量の希少薬草が王家名義で買い集められた記録が残っていた。


 通常価格の三倍。

 高位冒険者への特別依頼。

 市場在庫の消失。


「これは……」


 誰が命じたのか。

 報告書には書かれていない。

 だが王家主導だったことだけは間違いない。

 商人として、一つだけ確信できることがある。


「市場が壊された。」


 短期的な利益だけを追うのではなく長期的な視野を持て。父から何度も教えられたことだった。



 生徒会室でレオニスは満足そうにクラリスの報告を聞いていた。


「学院祭の準備は順調です。」

「ありがとう。」

「殿下のおかげで、商会との関係も良好です。」


 その言葉にレオニスは笑みを浮かべる。

 ゲーム通りだ。

 クラリスの好感度も順調に上がっている。

 そう信じていた。

 しかし、部屋を出たクラリスは、一人静かに窓の外を見つめる。


 薬草不足。

 誰かによる大量買い付け。

 そして、ほとんど流通していない希少薬草を、当たり前のように持ってくる一般クラスの少年。


「……不思議ですね。」


 どこか、何かが噛み合っていない小さな違和感。

 まだ答えには辿り着かない。

 けれどその違和感は、彼女の胸の奥で静かに根を張り始めていた。


 そしてその頃アベルは、自室でミリアから受け取った新しい欲しい素材リストを眺めながら、次はどの迷宮へ潜ろうかと考えていた。


 自分が少しずつ、七人のヒロインたちの運命を変えていることなど、まったく知らないままに。

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