表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月兎取月  作者: 銀ねも
27/45

きらきら

 

 己の意思が通ったと確信したのだろう。

 日左衛門は誇らしげに胸を張り、言った。


「銀狼屋の嫡男たる者、余人の言葉に惑わされてはなりませぬ。己の正道をゆく気概をもたねば」

「それは、母の受け売りか。まったく……ますます母に似てきたな」

「そうでしょうか? 母さまは『日左衛門は父さまによく似ましたね』と仰ります」

「その物言いが、似ていると言うのだ」


 肩をすくめる主人と、得意気にふふんと鼻を鳴らす日左衛門の顔を、辰は交互に見る。ぱっと見たところ、この父子はあまり似ていない。


 きりりと吊り上がった凛々しい眉と、とろりと垂れた甘い双眸。その相反するものを併せ持つ顔立ちは、気性と同じく、母から受け継いだのだろう。


 ふと、主人が日左衛門の頭に手を伸ばす。辰はさっと目を伏せた。


 ーーほら。やっぱり、撲られる


 そう思ったのは、この場で辰だけだったようだ。


 主人は日左衛門の髪を手櫛で梳き、頭を撫でた。撫でられる日左衛門も、それを見守る老婆も、目を細めている。父が息子を撲るとは、夢にも思わない様子で。


 ーーこの子は、殴られないんだ


 今に限ったことではない。これまで、誰にも手を上げられたことがないのだろう。


 大人たちの言葉の端々、触れる指先に滲む気遣い。それらを当然のように享受する無邪気な童。


 彼等は、辰の知る世界とは、まるで違う世界に生きている。


 この子は彼等の宝なのだ。

 そこにあるだけで、価値があり、満たされるもの。

 そこにあるために、守られ、慈しまれるもの。


 辰は俯き、畳の目を数え始めた。ここには、辰が見るべきものも、聞くべきものも、何もないと思った。


 そうしていると、嬉々とした日左衛門の声が耳に飛び込んできた。


「父さま、その子は、もしや?」


 辰は思わず顔を上げる。主人の肩越しに、首を伸ばした日左衛門と目が合った。


 きらきら光るその目から、辰は目を逸らせなかった。


 空飛ぶ鳥に目をつけられた、地を這う芋虫のように、逃げ場がない。


 背凭れから離れ起きあがった日左衛門を、老女が慌てて押し留める。


「若君、いけませんよ。急に起き上がっては。眩暈を起こしてしまいます」


 日左衛門は老女の制止を振り切って、主人の胸に飛び込むようにして身を寄せる。


「父様、その子が、わしの兄者なのですね?」


 主人は日左衛門の背を支えながら、言葉を探すように間を置いた。


「……そうだ」


 その一言に、辰は目を見開いた。


 ーー違う


 祖母も、母も、辰は銀狼屋の主人の子だと言った。辰もそう思っていた。


 しかし、あの夜の母は、そう言わなかった。

 辰の父は母の許嫁ーー母の愛した男なのだと、確かに言った。


 ーー辰の父は、この男じゃない


 そう言いかけて、辰は息を呑んだ。


 主人の言葉を受け、目を爛々と輝かせた日左衛門が、声を張り上げる。


「やっぱり! 一目でそうとわかりました。兄者のお顔、父さまにそっくりだもの!」


 日左衛門は身を弾ませ、前のめりになった。その拍子に、胸が苦しくなったのか。日左衛門が一瞬、顔を顰め、息を詰める。

 腰を浮かせかけた老女を、主人が目顔で制した。

 主人が脇に退くと、辰と日左衛門の間を遮るものは、何もなくなった。 


 辰は、咄嗟に顔を伏せた。


 熱い視線を、真正面から受け止めるのは、居た堪れない。


 日左衛門はきょとんとしたが、すぐに小首を傾げ、にっこり微笑む。


「兄者、よう来てくれました。会えて嬉しい」


 無邪気な笑みだった。


 辰の身体が、こわばる。


 ーー会えて嬉しいって……なんで?


 何を、求められている。


 ――何をすればいい


 わからない。わからなければ、動けない。


「顔をあげろ」


 主人の声に促され、辰はゆっくりと顔を上げた。

 日左衛門が、辰を見つめている。


 期待、好奇、憧憬。それらが惜しみなく注がれていた。


 そのきらきら光る瞳が、辰にはひどく眩しかった。

 目の奥が、ちくりと痛む。


 ――なんで、そんな目で辰を見れるんだ


 この子とは住む世界が違うと、辰は改めて思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ