第五話 獅子と溝鼠①
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ロザリーとフロレンツィアがその一報を聞き応接間に向かうと、そこにはすでに険しい顔をした二人の男が向かい合っていた。
一人は屋敷の主人であるルートヴィッヒ、そしてもう一人は、
「数日ぶりだな。お嬢さん方」
この屋敷に到着した直後に鉢合わせた、ベルクオーレン家の当主ザイル=ベルクオーレンであった。ロザリーたちは緊張の張りつめる空気の中、空いたソファに座るよう勧められ、フロレンツィアが着席しロザリーがその傍らに立った。
「エルメルト侯爵から言伝を頼まれてな。リベルタ商会の件について君たちに朗報がある」
ザイルの話を要約するとこうだ。
ロザリーたちが南部へ旅立った後、カインとエゴールはリベルタ家を追及するために奮闘していた。
かねてからリベルタ商会の怪しい運搬物に関して各所から批判・疑問の声が上がっている事を知ったカインはこれを利用した。カインは港湾荷役事業の会社を買収し、リベルタ商会の船に強制捜査を決行した。この件には他の商会やギルドも協力し、リベルタ商会の内情を明らかにしたところ、麻薬の一件が明らかになったという。リベルタ商会はすでに国内にガリオン船五十隻分、積載量にして二百五十トン分の東洋産麻薬を密輸し貴族から下町の貧困層まで幅広く売りさばいていた。
この事実が明らかになった事で、リベルタ家の現当主の審問が開かれ、さらなる家宅捜索が行われた結果、押収された書類の中からエルメルト家に対する脅迫を教唆したと思われる記録が発見されたのだ。
「やはりお嬢様を狙っていたのはリベルタ家の人間だったというわけですね」
報告を聞いたロザリーは恐怖を覚えると同時にどこか安堵していた。少なくともこれでもう、あの刺客がフロレンツィアを狙ってくることは無くなる。
「でもなんだかあっさりだったわね」
「旦那様が尽力してくださったおかげでしょう。エルメルト家の名は伊達ではなかったという事です」
何はともあれ一件落着、これでフロレンツィアの身の安全は守られたのだから、と、
「――いや、安心するのはまだ早い」
ルートヴィッヒとザイルは未だに渋い顔をしている。
「まだ何かあるのですか?」
「確かに、リベルタ家の当主を捕らえはしたがまだ安全とは言い切れない。まだ共犯者がいる可能性がある」
「共犯者……?」
「家宅捜索が行われる直前に、リベルタ家に雇われていた使用人や護衛の一部が姿をくらました。麻薬の密輸と言い、その流通ルートと言い、この件は当主の知恵だけで行われていたものではなさそうなのだ」
まだ残党がいるという事か。そこでふとロザリーは王都を出る前日にハンゼに出会った時の事を思い出した。確かハンゼもこの件に関して疑問の声を上げていた。下っ端のハンゼたちが立ち入る事の出来ない船があるという事を。それから確か、もう一つ――。
「そう言えば港で働く私の知人が噂していたんですが、麻薬の売買に関して取引ルートを提供していた人間がいると」
「ほう、どういうことかね?」
「麻薬は下町の末端にも届いているようでリベルタ商会だけでは手の届かないところにまで行き渡っていると。だから市場を斡旋している人間がいるんじゃないかって、確か『ジャックドー』っていう名前の――」
その瞬間、部屋の空気が凍り付いたのを確かに感じた。ルートヴィッヒとザイルが明らかに動揺を見せる。
「誰だ?」
「え?」
「その話をお前に話したのは誰だ⁉」
ルートヴィッヒは怒鳴り口調でロザリーに詰め寄るのでロザリーは思わず引き下がる。
(なんだ? なんでそんなに怒ってるんだ?)
ルートヴィッヒは動揺を通り越して激昂している。目を血走らせロザリーを追い詰める。
「……っ、私が下町に暮らしていた頃の友人でハンゼっていう男だ。港で沖仲仕の仕事をしている。リベルタ家の船の話とか、『ジャックドー』の噂もそこで聞いたって」
「……」
「ハンゼは真っ当に働いているいい奴だ。話も噂程度でしか知らなかったし、疑うような事は――」
だが目の前のルートヴィッヒは益々顔を険しくして、ロザリーの肩を掴む手に力を込めた。ロザリーは痛みに呻くが、
「――ルートヴィッヒ、放してやれ」
冷たい声がルートヴィッヒを制する。すでに落ち着きを取り戻したザイルは腕を組んでロザリーたちの事を傍観していた。
急に熱の冷めたルートヴィッヒは深いため息をつくと何も言わずに部屋を出ていく。あとには唖然としたロザリーとフロレンツィア、そして呆れた顔のザイルが残された。
「気を悪くしないでくれ、お嬢さん。あいつは時々周りが見えなくなることがある」
「あ、あの……」
あの態度は周りが見えなくなるというものではなかった気がする。明らかに『ジャックドー』という言葉に反応して我を忘れていた。
「フロレンツィア嬢は今しばらくこの屋敷で待機をしておいてくれ。事後処理と安全の確保が完全に済むまではこの屋敷に留まっていた方がいい」
フロレンツィアは硬い表情で頷いた。
脅迫犯の首謀者が捕まりこれで事件は一件落着。だが、未だ腑に落ちない事がロザリーの心の中に大量に巣くっていて、後味の悪いままロザリーたちは応接間を後にした。
その日の夕方、自室でぼうっとしていたロザリーの元に客が訪れた。フロレンツィアの隣室にあたるロザリーの自室には滅多に客は訪れない。フロレンツィアは両室を繋ぐ直通のドアから遠慮なく踏み込んでくるから、廊下側の扉を律儀にノックされるのは初めてだった。
「あ……、ロザリー。ちょっといい?」
誰かと思えば使用人のノンナであった。少し戸惑った様子のノンナは内緒話をするようにロザリーに顔を近づける。
「大旦那様からの言伝なの。今から正面玄関二階のバルコニーに一人で来てくれって、場所はわかる?」
大旦那様、と言われて一瞬面食らったがすぐにザイルの事だとわかった。
「え、私が? お嬢様じゃなくて? 何の用?」
「私にもわからなくて……、ただ呼んで来いとだけ命令されたから」
ノンナも状況がよく呑み込めず混乱しているようだった。
何故フロレンツィアではなくロザリーが?
と疑問がわいたが、ロザリーは言われた通り一人で向かった。




