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真空で鳴る音  作者: youkey
崩壊した家庭編 2章 正しさ
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3話 またな

「久しぶり!」


———久しぶり?


「もう2学期終わるよ。うっちゃん。」


隼人が表情から察したように言う。


「そうか。もうそんな経ったのか。」


俺は苦笑いを浮かべる。

俺たちは大洋の家のミニバンの中で、窮屈に話していた。

流石に家族団欒にお邪魔するのは、気が引ける。


でもここなら世界に3人しかいないみたいで、気持ちが楽だった。


「ごめん。心配かけた。」


隼人は「そんなことないよ。」と優しい声で言う。

「そうそう。LINEはくれたし。」大洋は明るく。

この2人のバランスが、俺にはちょうどいい。


「母さんに今まで話すなって言われてたから言えなかったけど……」


俺は家庭の内情を全て話した。

2人は真剣な面持ちで聞いた。

俺は不安だった。

どう受け止められるか。


ただ話し終えた俺に返ってきたのは、意外な言葉だった。


「よかった!じゃあ今は辛くないんやね。」


隼人は笑顔だ。


「学校来れなくたって、また俺ん家の車で会えばいいやん!」


大洋はいつもみたいに、小ボケてきた。


胸の中が、少しだけ軽くなった。

他人が今の自分を肯定してくれたのは、初めてだった。


それからは何を話したか覚えていない。

ただくだらない話ばかり。


俺にとっては、数ヶ月に味わう高揚感だった。


「なんかあったら連絡してよ!」


大洋は言う。


「何もなくてもいいからね!」


大洋の発言をいじるように、隼人は言う。


「そうそう!また会うから!絶対だから!」


「ああ。またな!」



その言葉の続きを、まだ信じていたかった。



またな……か。

久しぶりに使ったな。


そんなことを思いながら、俺は近くのコンビニに行く。

そこには親父がタバコを吸いながら車を止めて待っている。


「少し顔が明るくなったな。」


そう言うだけで、親父は何も聞かず運転席に乗り込んだ。

車内では、RANCIDの「Fall Back Down」が流れる。

久しぶりに俺の心に音楽が届く。

なあティム。これでいいんだよな。



——————



バッグの奥からiPodとイヤフォンを取り出す。

いつも聴いていた曲達は、少しだけ違って聞こえた。


カーテンを開ける。

入ってくる日差しに後ろめたさも感じない。


一階へ降りる。

祖母が洗濯物を干していた。


「ちょっとはマシになったよ。」


初めて言う前向きな言葉だった。


「何もできなくてごめんね。」


祖母は言う。


「いいや。いつもご飯作ってくれてたし、やっと元気になってきたのもばあちゃんのお陰だよ。」


そこへ地域のパトロール活動から帰ってきた祖父が、笑顔で話しかけてくる。


「おお、蓮介!釣りでもどうだ!」


「もう少し元気になったらね。」


久しぶりに綺麗に笑った気がする。



——————




「糸島に行きたい?」


親父が心配そうに言う。


「うん。向こうの祖父母には、母さんのことで色々助けてもらって来たし、会いたい。」


「お前、それでまた調子悪くなったりしないか?」


……ごもっともな心配だ。


「でも、行かなきゃ後悔すると思う。」


父はそれ以上何も言わなかった。



——————



峠を越えた先に、田園風景が広がる。

立ち寄ったコンビニでも呼吸がしやすい。


車から降り、古い一軒家へ。



「ごめんね。蓮ちゃん。」


祖母は涙ながらに俺に謝罪する。


「そんなこと言われるために、来たわけじゃないよ。今はちゃんと落ち着いてるから。」


手を握って笑う。

多分、この笑顔は本物だ。


祖父は「俺たちがもっとちゃんとやっていれば……」と、俯く。


「だから大丈夫だって。これで人生終わったわけじゃないから!」


この人たちは優しすぎる。

でもだからこそ本当に安心するし、申し訳ない。


俺はこれだけの人に、愛されている。

救われている。

それなのに、まだ何かだけが残っていた。


——————



ベランダから見える山が白く染まる。

気温を部屋の中で感じることも減ってきた。

“アイツ”も最近は少し静かだ。


———なんだこれ。


何度も経験はしているが、それでも慣れは出てこないほどに場違いな光景だった。

タバコで黄ばんだ親父の部屋。

そこで担任が正座でお茶を飲んでいた。


「少し顔色良くなったみたいやね。」


「どうも……。」


学校に行かなくなって以来、担任は毎週金曜日に家へ来ていた。


「山本先生と与田先生は今年で離任されるよ。」


「そうですか。」


俺にとっては好都合だった。


「それで最後に会って謝りたいって。」


「以前も言いましたけど、会うつもりはありません。」


この話をするのは二度目だった。

親父が学校にことの発端を話したのだろう。

あの時は、学年主任も来ていたな。

同僚の失態を必死に庇いつつ、学校として謝罪の機会を探っているのがわかった。

それでも俺は断った。


———「二人がいる限り学校には行きません。」



悪者はいない。でも、嫌な人はいる。

その気持ちは今でも変わらない。

何も知らないくせに、正しさだけを押し付けてくる。


まだ任期は残っているはずだった。

……俺のせいか。


「そっか。」

「そういえばクラスのみんなも元気よ。」


わかり切った要望を拒否され、担任は無理に話題を変える。


「そうですか。」


正直、どうでも良かった。

大洋と隼人以外、俺に連絡してきた奴はいなかった。


担任は、大きなカバンから寄せ書きを取り出す。


「うっちゃん、早く元気になれよ!」


まるで大病を患ったみたいだ。


やたら長文のやつ。

「頑張れ」だけのやつ。

名前だけのやつ。


俺は吐き気を感じながら、

「2年生からは行こうと思ってます。」

と答えた。


安堵の表情だった。

毎週の努力が報われた。

——そんな顔だった。


担任が帰ったあと、


俺は親父に意を決して話した。


「親父……俺、家に戻る。」


「何で?わざわざ戻る必要あるか?」


……わざわざ?その通りだな。


「このままじゃ後悔する。」


何度も考えた。

でも答えは出なかった。

それでも——


「後悔?」


「俺、もう一度頑張ってみたい。それだけ。」


理由は、自分でもわからなかった。


大洋と隼人と一緒にいたい。

それも嘘じゃない。


でも、それだけじゃなかった。


「俺は、反対だよ。でも決めるのはお前だ。」


「……。」


親父を裏切る。

そんな気がした。

でも親父は、一人でも生きていける。


母さんは違った。


俺だけ安全な場所にいるのが、

どうしても気持ち悪かった。


既に折れそうなあの人を、放っては置けなかった。


「お前これ。」


親父は右利き用のクリーム色のストラトキャスターを渡す。


「これ使ってないけん。暇な時弾いてみ。」


「あといつでも来ていいからな。」


そう念を押すようにも言った。


「うん。ありがとう。」


俺は何も分からず家に戻ることにした。

 

この時の俺は、それが正しいと信じていた。

少なくとも、その時はそれしかなかった。

——疑うことすらできずに。

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