2話 誰が悪い?
世界が灰色に染まる。
白黒をつけなくていい世界は、少しだけ居心地が良かった。
ただ正しい色を知りたい俺も、確かにそこにいた。
———プルルルル
突然、携帯が鳴る。
相手は母方の祖父母だった。
「ごめんね。」
たった一言。
それが、異常な重さで心にのしかかった。
小学生の頃から、俺と母の間に入ってくれていた祖父母。
二人がいなければ、もっと早く壊れていたと思う。
「私たちの育て方が間違ってたから、蓮ちゃんを辛い目に合わせてしまった。」
そんなことはない。
二人は何も悪くない。
悪いのは……
言葉が、出なかった。
「宗介は?」
引っかかっていたものを、口に出した。
「大丈夫そうよ。蓮ちゃんがいなくて寂しそうだけど。」
よかった。
あいつは真っ直ぐなやつだ。
俺みたいにはなってほしくない。
「ごめん。また落ち着いたら連絡する。」
そう言って電話を切った。
その言葉を口にした自分が、どこか他人みたいだった。
落ち着くことなんてあるのだろうか。
この胸の中のざわめきは、いつか止まるのだろうか。
——————
頭の中で何度も繰り返して流れるのは地獄の日々。
そこにいるはずの悪人を、必死に探す。
ヴォルデモートはすぐ見つかった。
でも、それだけじゃなかった。
「やったらこっち来い。いつも言いようやん。」
「またお父さんのこと言ってごめんなさい。」
「君は、その歳で重たいものを抱えすぎてる。」
「私たちの育て方が間違ってたから、蓮ちゃんを辛い目に合わせてしまった。」
「自分で立候補したんだから、来なさい。」
「お母さんのせいか?」
「あたしのせいね?」
「俺のせいか!貴様!」
「甘いったい貴様は!」
「はあ。ほんと、あいつそっくり。」
「父親もお前も嫌いや!」
最後に残ったのは俺への罵声だった。
……悪いのは俺なのか。
『またくだらねえこと考えてるのか。』
あいつの声がする。
『どう考えたってお前は被害者だろ。』
そうだろうか。
『おかしいのは周りの大人だ。』
『自分勝手な奴らの言葉に惑わされるな。』
でも……
『この状態でお前を責める大人の異常さに、気づけ。』
100%の被害者なんているのか。
俺にも少し悪いところが……。
『お前は被害者でいることが居心地悪いだけだ。』
……。
『完全に自分のせいにもできないし、人のせいにもできない。』
『哀れだな。お前は。』
……。
『楽な方に逃げちまえよ。』
『被害者として正義を振り回せばいい。』
そう言って声は消えた。
あいつの言う通りかもしれない。
どっちにもなりきれない。
俺はベッドに横になり、
「みんな死んじまえ!」
と叫んだ。
——————
親父は忘れ物が多い。
昔かららしい。
今では、現地調達できるものはそれでいいと、金に物を言わせている。
その代表格がタバコだ。
メビウス・ロングボックス。
zippoをかちゃかちゃ鳴らす。
やけに気持ちがいい。
親父みたいに口に咥えて換気扇の前、思いっきり煙を吸い込む。
ゲホッ、ゲッホ、ゲッホッ。
息が苦しい。
普通に呼吸ができるまでしばらくかかった。
不味い。
これの何がよくて吸っているのだろう。
でも吸いきらないとマズイ。
貧乏吸いが板についた灰皿で一本だけ目立つ。
吸って咳き込んで吐く。
世界で一番体に悪い深呼吸を繰り返した。
吸わなきゃ良かったと思った時には咳き込む回数は減っていた。
二度と吸うか。
俺はzippoを投げ捨てベッドへ戻った。
深呼吸をしても空気を大きく吸い込めなかったのに、なぜかタバコは空気を大きく吸えた感じがした。
そしてなんとも言えない高揚感。
いい子じゃなくなった気がした。
久々にiPodを充電してイヤフォンをつける。
The Blue Heartsの「チェインギャング」を流す。
マーシーが俺のことを歌っていた。
——————
体内時計が狂い切った俺にとって、深夜は最高のお散歩時間になった。
イヤフォンをつけてただひたすら歩いて。
誰も俺をみていない。
あるのは静寂と音楽と俺。
公園のベンチで休んでいると、2本の懐中電灯が俺に近づいてくる。
「そこの交番の者だけどちょっといいかな。」
『ちっ。邪魔すんじゃねえよ。』
「はい。」
俺はいかにもしんどそうに答える。
「君いくつ?身分証明書とかある?」
『あるわけねえだろ。手ぶらだぞ。』
「16です。持ってないです。」
3つ盛った。
背の高い俺は高校生でもバレない。
「こんな遅い時間に危ないでしょ。」
「家はどの辺?」
『誰もいないのに危ないもクソもないだろ。』
「すぐそこです。」
「すみません。家に居づらくて……。」
俺は今までで一番、威勢のない声で言った。
「……そうか。」
「でも夜は危ないからな。」
「とりあえず、今日のところは帰りなさい。」
『家に帰すだけかよ。』
「わかりました。」
ひとりで家の方向へ向かう。
やっぱり警察なんて当てにはならない。
深夜徘徊さえ防げればいいんだ。
少なくとも今の俺には、そう見えた。
『そりゃそうだろ。』
アイツが呆れたように笑った。
——————
とんだ邪魔者が入ったせいでやりきれない気持ちのままベッドの上。
イライラして起き上がる。
一階へ降りて物置を見る。
祖父のビールが所狭しと並んでいる。
俺はバレないように、何本も余っている銘柄から一本だけ持っていき二階へ上がった。
缶を開けて匂いを嗅ぐと消毒液みたいな匂いがした。
アルコールってマジなんだ。
目を瞑って思いっきり流し込む。
ウエッ。
不味い。
苦いし妙に炭酸が強い。
鼻から抜けるアルコールの香りが、心底気持ち悪い。
次は鼻をつまんで一気に飲みもした。
最悪の後味を抱えながら、一階へ。
いつも缶が捨ててある場所に、同じように捨てる。
タバコも酒も何がいいんだ。
わからない。
缶一本で眠くなる。
それが今の俺だった。
酒で今日は眠りやすい。
気絶するように寝た。
イヤフォンからCrack The Marianの「Daddy Wa Aru-Chu」が聴こえる。
——————
朝、妙な頭痛に襲われてバファリンを飲んでまた寝た。
———ピロン
携帯の通知音が俺を起こす。
気づけば昼夜の感覚も曖昧になっていた。
バファリンが効いたようで意識ははっきりしていた。
「うっちゃん大丈夫?会える?」
そう書いてあった。
まだ夢の中でいたかった。
久しぶりに動いた三人のグループ。
すぐには連絡をしなかったのは優しさだろう。
ただそれが限界になる程、時が経ったということか。
これを無視できる度胸など、俺にはない。
「覚悟決めるか。」
そう呟いて返信をした。
何を話せばいいのか思い浮かばない。
アイツらに会うことに、こんなに緊張したのは初めてだった。




