2話 ステージまでの距離
大名にある古びたビルの2階。
そこにライブハウスJUNKはあった。
エレベーターにはバンドのポスターが大量に貼ってある。
入って1番に感じたのは匂い。
タバコ臭い。
階段の扉が開いていて、そこで客か演者かタバコを吹かしている。
美玖もついてきてはいるが、正直、あまり連れてきたくはない。
「The Outsidersの名前で予約してます。」
康成は受付の女性に話しかけた。
金髪で、唇にピアス。
いかにもな店員。
「5名様ですね。」
見た目に反して物腰は柔らかかった。
「チケット2,000円、ドリンク500円です。」
康成は事前に集めていた金を店員に手渡す。
「ではこちらリストバンドとドリンクチケットになります。」
康成は5人分のリストバンドとドリンクチケットをそれぞれに手渡す。
「バーカウンターはエレベーターを上がった3Fのステージと一緒になってます。」
「ありがとうございます。」
リストバンドというシールのついた紙を手首に巻く。
「楽しみだね。」
前から思っていたが美玖はあまり物怖じしない。
「俺は既に帰りたいけど。」
「なんだよ。もう怖気付いたか。」
類は茶化す。
「なんかずっと居心地が悪い。」
「お前はライブハウスに行き慣れてないだけだ。」
楓はリストバンドを見ながら言った。
「ライブハウスってこんな陰気臭いのか。」
「お前のほうがよっぽど陰気臭いぜ。」
俺はため息をつく。
「じゃあいくぜ。」
康成は手を叩いた。
——————
受付を抜け、エレベーターで3階へ上がる。
フロアには人の塊が落っこちていた。
キャパ230人。
人がパンパンに詰め込まれている。
誰かしら遅刻魔を抱える俺たちは開演ギリギリだった。
なんとかスペースを見つけて5人で陣取る。
俺と康成と類でバーカウンターに行き、ドリンクを頼む。
「コーラ3つと烏龍茶2つ。」
代表して康成が注文を伝える。
「酒じゃなくていいのか?」
類は悪い顔をして聞いてくる。
「俺は未成年だっつーの。」
———「盛り上がってるか!」
(おおお!!!)
コップを受け取る前にフロアが揺れ始める。
「お手並み拝見と行きますか。」
類は手のひらを擦る。
「偉そうだな。」
「飲まれちゃ終わりだぜ。」
楓も目を細める。
「とりあえず楽しもうよ。」
美玖はいつも通りだ。
「変に考えなくていいよ。蓮介は。」
康成は俺に烏龍茶を渡す。
「それは戦力外ってこと?」
「いや、感覚でいいってこと。」
康成は笑った。
———ジャーン。
ギターの歪の効いた鋭い高音が鼓膜を揺らす。
「いくぜ!」
3人組バンドは演奏を始める。
2ビートの高速のドラム。
ザ・メロコア。
フロアではステップを踏む客、頭を振る客。
音に自分自身をぶつけてるような。
勢いそのままMC無しで演奏を続けていく。
俺らと似たスタイル。
「激しいな。」
楓は呟いた。
「でも客を置いて行ってない。」
類は付け加えた。
「3人組でこの音圧。スカスカじゃないな。」
康成は俺に耳打ちする。
「でも一辺倒だな。」
「え……?」
「今、3曲目だけどリズムもテンポもほぼ一緒。」
「曲の切り替わったところもよく分からない。」
「多分、英詩だから掴めないってのもあるけど。」
「でも客は盛り上がってる。」
康成はフロアを見る。
「ここは速いのがウケるのかな……。」
「ちょっと待て。色々早くてついていけねえよ。」
康成は俺の肩を叩く。
「1番分析してんじゃんか。」
類は腕を組んで笑った。
フロアは大盛り上がりで1組目の演奏が終了する。
——————
セットチェンジに入り、一瞬静寂が訪れる。
「レベル高かったな。」
楓は呟く。
「蓮介の言うとおり、2ビートで緩急はなかったけどな。」
類はドラマーとしての意見を言った。
「でも客も上々の盛り上がりだったな。」
「このレベルが続くならやばいな。」
康成は笑った。
その笑顔にはまだ余裕があるように見えた。
2組目が出てくる。
金髪に革ジャン。
いかにもパンクな見た目だった。
———ジャーン。
歪軽めのギター。
70年代のパンクの雰囲気を感じる。
演奏が始まる。
「「「「……。」」」」
俺たちは言葉を失った。
さっきまでとは違う。
ギターを掻き鳴らし始めると、フロアの空気が変わった。
同じ音量なのに、音がデカく感じる。
ベースが入る。
ドラムが入る。
ただそれだけなのに、ステージから押し寄せる圧力。
俺は無意識に一歩下がった。
横を見る。
類はドラムから目を離さない。
楓はギターを睨むように見ている。
康成はベースを見ていた。
誰も喋らない。
曲が終わる。
一瞬の静寂。
その直後。
(うおおおおお!!!)
フロアが爆発した。
拳が上がる。
人が飛ぶ。
踊る。
叫ぶ。
ステージの4人は、それを煽るように次の曲へ入っていく。
「……すげえ。」
言いたくなかった言葉がこぼれ落ちた。
次の曲。
さらに次の曲。
盛り上がりは増すばかり。
休む暇なんて与えてくれない。
俺は拳を握った。
悔しい。
何が違う。
そう考えようとする。
でも、考えることすら追いつかない。
激しい中でも一つ一つの音が聴こえる。
激しい曲からバラードまでやる。
客を奮い立たせる煽り。
何もかも、目の前で見せつけられている。
お互いに顔を見合わせる。
言いたいことは分かる。
それでも誰も言葉を交わせなかった。
その後のバンドも、このレベルが続いた。
大盛り上がりの客の後ろで、俺たちは腕を組んでいた。
腕を組んで、吟味しているような顔を作る。
それぐらいしか、呑まれない方法がなかった。
いや。
それがもう、呑まれていたのかもしれない。
——————
正直、もう帰りたかった。
嫌というほど、自分たちの実力の無さを突きつけられた。
コップは空。
喉は乾いている。
それでも、誰もドリンクを買いに行こうとはしなかった。
美玖でさえ、黙り込んでいる。
ステージの照明が落ちる。
歓声が一段と大きくなる。
「次がトリだ。」
誰かが呟いた。
そして。
———「Time Of Revelry!」
ボーカルがバンド名を叫んだ。
歓声が跳ね上がる。
その瞬間。
空気が変わった。
そこからの記憶は、ほとんどない。
ただ、覚えている。
音がデカかった。
速かった。
それなのに、何をやっているのか全部分かった。
次に何が来るのか分からないのに、全部ついていけた。
さっきまで腕を組んでいた俺たちは、いつの間にか腕を下ろしていた。
誰も分析なんてしていない。
ただ見ていた。
聴いていた。
圧倒されていた。
拳が上がる。
人が飛ぶ。
叫び声が響く。
ステージの上では、演者が笑っていた。
楽しそうだった。
俺はそれを見ていた。
悔しかった。
自分たちがまだ、ここに立てないことが分かった。




