6話 泉の水
———「……おい。」
肩を叩かれる。
「……ん?」
俺は首だけでそっちを振り返る。
「抜けてんな……。」
そう言って類は笑っていた。
あのライブから数日。
いや、正しくは終わった直後。
俺はもぬけの殻になっていた。
「ライブ後、ダメになるのは変わんねえんだな。」
楓のコードを鳴らしながら言った。
「てか前より酷くなってねえか?」
「もう3日経ったぞ。」
「それだけ反動が大きいってことだろ。」
そう言った康成の鳴らす低音が、俺の雰囲気と重なる。
「前は直後から寝るまでだったみたいだけどね。」
美玖は苦笑いした。
「なんか悪いな……。」
それしか言えなかった。
自分の中の泉が枯れた。
そんな臭い言い方がしっくり来てしまう。
「ツーマンまで残り2ヶ月だぞ。」
類は改めて言う。
「演奏面の向上はもちろん。あと一曲は欲しい。」
「……そうだな。」
「まあ俺らも作るから、焦らず行こうぜ。」
いつものことだが康成に助けられる。
「あのさ、前回のライブで気になったギターフレーズがある。」
楓は試し弾きをしながら言った。
「付き合うよ。」
康成はベースを抱える。
「俺も。」
類もスティックを取る。
「……じゃあ、俺も。」
「お前はもう少し休んでろ。」
類は俺を見つめる。
「……ああ。わかった。」
一瞬入れた力が一気に抜けた。
3人は演奏を始める。
鼓膜を切り裂くようなギター。
脳を直接揺らすようなベース。
そして椅子を揺らすドラム。
目を瞑ると心地いい。
———「ねえ蓮介。」
耳元で聞こえるこの声は普段なら心地いい。
でも今はお呼びじゃない。
「なんだよ。」
「本当に大丈夫?」
前言撤回。
好きです。
「……大丈夫ではないかな。」
「だよね……。」
爆音が響く中、2人だけの沈黙が続く。
「多分、また戻るよ。」
「でも……。」
「大丈夫。なんかそんな気がする。」
俺は結局、使い物にならないまま家に帰った。
——————
ベッドで大の字になり、天井を見上げる。
『代償はデカかったな。』
……うるせえ。
『これからも続ける気か。』
ああ。続けるさ。
『周りに迷惑かけてるんだぜ?』
……。
『ダンマリか。』
きっとまた泉は湧いてくる。
『何を根拠に。』
喧嘩の時がそうだった。
『あれはお前が現状に満足してなかった結果だろ。』
誰が今、満足してるって言ったよ。
『……。』
俺の過去は消えない。
生きている限りこの痛みは消えない。
怒りは消えない。
だからエネルギーは尽きない。
『じゃあ見せてもらうぜ。』
ああ。
むしろ助かったよ。
これで確信が持てた。
俺はそのまま目を瞑った。
——————
昼休み。
「美玖!パン買いに行こう!」
甲高い声が響く。
「うん、行く!」
美玖は椅子から腰を上げる。
「蓮介はなんかいる?」
「いや、腹減ってねえからいいや。」
「わかった。行ってくる。」
「いってら。」
美玖は駆け出して行った。
「内村くん、最近元気ないね。」
松木さんの机には、小さな弁当箱。
愛妻弁当というやつだ。
「食欲なくて。」
「ダメだよ。若いんだからちゃんと食べなきゃ。」
———「もしよかったらこれ食べる?」
遥香さんの手には菓子パンがあった。
「もう風香お腹いっぱいみたいで。」
ふんぞり返って、リンゴジュースを飲む風香ちゃんはそれでも可愛い。
「じゃあもらおうかな。」
メロンパン、ゲット。
「そういえば、この前のライブ。」
「かっこよかったよ。」
唐突に言われてメロンパン様が喉にこびりつく。
「なんで知ってるんですか?松木さん。」
「いや、美玖ちゃんが動画を見せてくれてさ。」
いつの間にあいつは。
「嫌だったかい?」
「いや、そう言ってもらえて嬉しいです。」
「本当かっこよかったよ!ロック最高!」
他にもいたようだ。
「遥香さんも見たんですか。」
「松木さんと一緒に。」
ドヤ顔でピースサイン。
「なんのピースですか。」
「じゃあ風香ちゃんも。」
「いや……風香は。」
遥香さんの顔が曇った。
「どうかしたんですか?」
「泣いちゃうから見せてない。」
「泣いちゃう?」
「こわい!れんくんじゃない!って。」
遥香さんは風香ちゃんの声を真似た。
「まじか。」
結構本気でショックだ。
「まだ3歳の子には早いのかな。」
松木さんのフォローが入る。
「れんくーん!」
俺を指差して、風香ちゃんは笑う。
「風香、いつも遊んでくれるから内村くん大好きなんだけど。」
「ライブの内村くんは違う人に見えてるみたい。」
「そうなのか……。」
———「なんの話ですか。」
腕に抱えた大量のパンは女子の食う量じゃない。
「内村くんのライブを風香が怖がる話。」
「ああ。そのことか。」
美玖はパンを広げて笑う。
「なんで早く言ってくれないんだよ。」
「えっ、そんな気になる?」
「気になるさ。風香ちゃんに嫌われるなんて死活問題だ。」
子供に嫌われるなんて冗談じゃない。
「松木さん、遥香さん、そして風香ちゃん。」
「俺、風香ちゃんが笑ってくれるような曲を作ります。」
泉が湧き始めた。
——————
「お前ら。楽しい曲を作りたい。」
俺の言葉は拾われることなく音楽室の床に落ちた。
「何言ってんだお前。」
最初に拾ったのは楓だった。
「子供が楽しめる、そんな曲を!」
「いや意味わかんねえよ。」
「なんかクラスメイトのお子さんに気に入られたいんだって。」
「気に入られてはいる。バンドの俺も好きになってもらいたい。」
美玖の補足が間違っていたので訂正した。
「てかさ。もうやる気は戻ったの?」
康成は苦笑いして言う。
「やる気?最初から満々だ!」
「「「「……。」」」
「でどんな曲をイメージしてるんだ。」
「類!乗る気かお前。」
類は組んでいた足を解いた。
楓は逆に組み直した。
「とりあえず聞いてみようかなって。」
「飛び跳ねれる曲がいい。激しいんじゃなくて楽しい。」
「難しいなそれ。」
「スカで行進曲みたいな。」
「へえ。」
類は3連でスネアを叩く。
「こんな感じ?」
「そうそう。それで始まってそこからスカに。」
俺がスカを弾くと類が合わせる。
「裏打ちか。」
康成は顎に手をやる。
「裏打ちは放課後ロックンロール以外ないな。」
楓は組んでいた足を下ろした。
「いい感じじゃん!」
美玖は手を叩く。
「お前ら作るぞ。楽器持って。」
慌てて康成と楓も立ち上がる。
「大事なこと言い忘れた。」
「子供の王国みたいな。そんな歌詞にしたい。」
「タイトルだけは決めてるんだ。」
「kingdom in my room」




