8話 集火
——— 「蓮介。」
優しく母は俺に話しかける。
「どうしたの母さん。」
様子がおかしい。
母は俺の耳元で囁く。
「お前はお父さんに似とる。」
「お前なんか生きてる価値ない。」
「私の人生の邪魔をするな。」
そう言って立ち去る。
「待ってよ。母さん。」
———「待って!」
目が覚める。
「はあはあ。」
右手に温かい感触がある。
「大丈夫……?」
美玖は俺の顔を覗き込む。
「……美玖か。」
「何その残念そうな言い方!」
美玖はぷんぷんしていた。
「いや、ビックリしただけだよ。」
俺は美玖の手を握った。
「ちょっとこうしてていいか。」
美玖はみるみるうちに顔が赤くなる。
———「お2人さん。いちゃついてるとこ悪いが、いいか。」
類がやってきた。
俺らは慌てて手を離す。
「類。ライブどうなった?」
「もうとっくに終わったよ。」
「まじか。」
「みんな呼んでくるから。」
そう言って類は楽屋を出て行った。
「俺そんな寝てたの?」
「多分、余裕で1時間は寝てたよ。」
「そんなか。」
———ガチャ。
ドアが開くと、康成を筆頭にワラワラとなだれ込んでくる。
「落ち着いた?」
康成は笑顔で話しかけてきた。
「まあ。……迷惑かけたな。」
「いいよ。気にしてない。」
そう言ってソファーに座る。
———「いやーすごいライブだったぞ!お前ら!」
梶原さんが急にすごいテンションで入ってきた。
「客を全部持っていっちまいやがって!」
起き抜けにこの大声はきつい。
「……えっと、そうなんですか?」
聞けばライブ後は俺らのことで話題が持ちきりだったそうだ。
「次のライブはいつやるんだ?」
梶原さんの鼻息が荒い。
「……いや、まだそこまでは。」
苦笑いするしかなかった。
「いつでも歓迎だからな。」
「本当は今日の打ち上げにも呼びたいところだが。」
「……未成年だしな。」
正直、助かった。
未成年万歳。
「そうですね。またの機会に。」
「じゃあ帰ろうか。」
康成は言う。
「ああ。」
———「あのさ、俺もいいか?」
楓は頭をかきながら言った。
「もちろん。」
それぞれ荷物を抱え、Millerを出た。
——————
5人で影を連れて歩く。
「あのさ、蓮介の件聞いてもいいか。」
楓は俺を見ながら言った。
「そうだな。俺も知らないからな。」
類も同意する。
「話すと長げーんだよなこれ。」
立ち話じゃ収まらない。
「もしよかったらさ、どっかお店で話さない?」
美玖は満面の笑みだった。
「お前なんか企んでるな。」
「……打ち上げやってみたい。」
「だろうな。」
「ごめん。俺、金なくて。」
楓は気まずそうに言った。
「じゃあ学校はどうだ。まだ開いてるし。」
「もう溜まり場だな。あそこは。」
類が笑った。
「確かに。」
康成も笑っていた。
「いや、その子が打ち上げしたいなら、俺のことはほっといて、店行っていいぜ。」
楓は焦ったように言った。
「ダメだよ。仲間外れは寂しいもん!」
美玖はこういうときは真剣だ。
「ありがとう。えーっと。」
「私、中谷美玖。蓮介の未来の彼女です。」
「未来の……?」
「楓、そこにはツッコむな。」
「……俺は黒崎楓。よろしく。」
楓は立て直した。
「じゃあジュースとお菓子を買って行こう!」
美玖は拳を突き上げた。
近くの駅から電車で15分。
コンビニに寄ってから、学校へ。
職員室で鍵を借りそのまま音楽室へ向かう。
「おい、俺は全くの部外者なのにいいのか?」
楓は困惑していた。
「俺も全くの部外者だが、入り浸ってるから大丈夫だ。」
類は笑いながら言った。
「ここに通ってるんじゃないのか?」
「俺は別の高校。」
「通ってるのはこの3人。」
俺たちはピースで答えた。
「そんなに緩いのか、通信制ってのは。」
「ここは新設校だから。」
康成は補足する。
「だからって緩すぎだろ。」
楓は苦笑いした。
——————
机には紙コップいっぱいのジュースとスナック菓子が並ぶ。
「最高だったよ。楓のライブ。」
康成は興奮気味に語る。
「いや今日のライブはお前らのもんだ。」
「そんなことねえだろ。」
類は伸びをしながら言った。
「類のドラムの力強さと安定感。」
「康成のベースのメリハリ、ボーカルとしての才能もある。」
2人ともまんざらでもない顔をしている。
「そして蓮介。お前だ。」
楓は俺を見ながら言った。
「何よりお前は人を惹きつける。」
「負けたよ。」
楓は笑いながらそう言った。
「そんなことねえよ。諸刃の剣だ。」
「自分でコントロールできない。」
そしてすぐにガタが来る。
「それには理由があるんだろ?」
「ああ。」
今さら隠すことでもない。
「……。」
「康成と美玖は聞き飽きたか。」
「別に。大事なことだろ。」
康成はジュースを飲みながら言った。
「まあここにいる奴はみんなそれぞれ何かしらを抱えてる。」
類は楓の肩を叩いて言った。
「次はお前の話を聞かせてくれないか?楓。」
「お前がなんで学校へ通わず。」
「サポートをしながらプロを目指しているのか。」
俺は真っ直ぐに楓にぶつけた。
「ふっ。梶原のオヤジだな。」
楓は笑った。
「悪い。少し小耳に挟んで。」
「いや、俺も話したいと思っていた。」
楓は座り直した。
「簡単に言えば貧乏なんだよ。」
「親父は幼い頃に死んだし、お袋は人工透析で働けない。」
「幼い弟もいる。」
「……。」
心の準備はしていたが想像以上に重かった。
「高校なんて行けねえし、毎日現場で働いてる。」
「現場はキツイよな。」
康成は呟く。
「ああ。でも収入は高いからな。」
楓は苦笑いした。
「このギター親父の形見でさ。」
楓はギターを抱えて鳴らす。
「俺はプロになってこの貧乏を抜け出す。」
「家族のためにもな。」
「じゃあなんでサポートに?」
「サポートなのは少しでも金をもらうためさ。」
「正規じゃもらえねえからな。」
「なるほどな。ライブのノルマも無しで済むのか。」
類は腕組みをした。
「そう。その通り。」
「でもそれもここまでにする。」
楓はギターを置いた。
「ここまで?」
「俺をこのバンドに入れてくれ。」
——————
音楽室とは思えないほどの静寂。
誰もすぐには言葉を返せなかった。
4人で顔を見合わせる。
「そりゃこっちとしても嬉しいんだけどさ……。」
「他のバンドは?」
類も同じ疑問を持っていたらしい。
「やめる。元々サポートだし。」
「ライブとかあんじゃねえの?」
「ああ。決まったもんは出てからやめるさ。」
楓はあっけらかんとしていた。
「サポートやめるってことは金が減るんじゃないのか。」
康成はやはりよく見えている。
「そうだな。でもそれでもお前らとやりたい。」
「どうしてそこまで?」
俺は純粋に疑問だった。
「ライブを見て決めた。」
「お前らとなら上に行けそうな気がする。」
「……。」
「お前らもプロ志向って聞いたし、タメだし。」
「それにお前らとこうしてんのも悪くねえしな。」
楓は笑った。
「じゃあいいよな。お前ら?」
俺は3人を見ていった。
「文句なんかあるかよ。」
「右に同じ。」
「ギタリストが2人だー!。」
3人とも賛成のようだ。
「じゃあこれからよろしく。楓。」
「こちらこそ。」
俺たちは固い握手を交わした。




