5話 残火
「確かにそうかもね。」
彼女はそう言って笑った。
「よし。飲み行こうか!」
「えっ……。」
「あっ、今、嫌そうな顔した。」
「飲み会苦手なんで。」
「私も飲めないし。」
「いや雰囲気が嫌なんです。」
「そう言わないでさ。私もうクビかもだし。」
そう言われたら断れなかった。
お互いに烏龍茶。
ただただ黙って愚痴を聞き続けるだけの飲み会。
それでもいつもよりマシだった。
気づけば水滴がコースターの紙をびしょびしょにしていた。
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「今日はありがと。」
「いえ。愚痴聞いてただけですし。」
「そっちもだけど、追いかけてきてくれたこと。」
「自分でも理由はわかりません。」
「クビになってもまた飲みに行こうよ。」
「嫌です。」
「そう言わないでさ。」
「考えときます。」
「まあいいや。」
「またね。学くん。」
結局、彼女はクビにならなかった。
それからもしつこく誘われ断りきれずに、気づけば何度も食事に付き合っていた。
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「これは誰の曲?」
哲也は疑ったような目で見てくる。
「別にモデルはいねえよ。」
「お前がラブソングなんて珍しい。」
「ラブソングかこれ。」
「ラブソングだろ。」
「立ち向かう勇気をくれたのは、あなたでしたって。」
「そう言うつもりで書いたわけじゃないけどな。」
「まあいいや。曲はいいし、これも入れよう。」
「てかこの後、用事あるからまたな。」
「そうか。じゃあ。」
「……今度紹介しろよ。」
「だからそう言うんじゃねえって。」
正直あの人は苦手だ。
厚かましいし。
距離感が近い。
無神経だし。
そして正義感が強い。
譲れないものを持っている。
彼女も同じだから。
いや俺はあの人に何も話してない。
彼女は全て曝け出している。
俺は……。
———ピロン。
携帯が鳴る。
「今日飲みに行こうよ。」
田上さんからだった。
「わかりました。こちらも話があります。」
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居酒屋は俺が嫌なので、定食屋。
酒も飲まないのに、なぜか居酒屋に連れて行かれていたのは今でも不服だ。
「そういえば、話って?」
「なんか田上さんの話ばかり聞いているので、僕の話をしようかと。」
「やっと、話してくれるんだ。」
「やっと?」
「私待ってたんだよ。話してくれるの。」
「その割には愚痴が止まらなかったですよね。」
「それとこれとは別。」
馬場チョップを食らった。
そして俺は自分のことを話した。
彼女は泣いていた。
「なんで田上さんが泣いてるんですか?」
「……苦しかっただろうなって。」
「いや、自分で決めたことですから。」
すると温かい感触が頭を揺らす。
「よく頑張ったね。」
涙が溢れた。
初めてだった。
なんで泣いてるのかも分からずに。
でも心が軽くなったような気がした。
少しの静寂の後に彼女は言った。
「ねえ。私たち付き合おうよ。」
「すみません。今は無理です。」
「なんで?」
「やりたいことができました。」
「……そっか。」
彼女は少し笑った。
田上さんと別れた後、俺は急いで哲也に連絡した。
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「解散ライブがしたい?」
「ああ。ちゃんとバンドを終わらせたい。」
「俺も心残りはある。でも今さらだろ。」
「ちゃんと終わらせたい。」
「2人に連絡とってもらえるか。」
「答えはいいとは限らないぞ。」
電話越しでも真剣さが伝わる。
「……覚悟はしてる。」
「わかった。また連絡する。」
哲也からの連絡はすぐだった。
久しぶりに4人集まる。
嬉しさより緊張が勝っていた。
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「久しぶりだな。」
集まるのは相変わらず俺の家。
テレビの音だけが聞こえる部屋。
つけていて良かったと心から思った。
「元気だったか?」
「まあまあ。」
初めて答えたのは松井だった。
「お前こそどうなんだよ。」
「まあまあだな。」
会話は単発で途切れた。
「ああ、焦ったい。」
哲也が痺れを切らした。
「お前らライブやるために集まったんだろ。」
「音で語れや。」
「行くぞ。」
哲也は俺の部屋を出て、高橋の家の倉庫に向かった。
俺たちもあいつを追ったが、会話はひとつもなかった。
各々、持ち場につく。
「何やんだよ。」
「ガク、お前が決めろ。」
言っておいて投げる哲也にいらつきつつ、俺は決めた。
「Wake Up行くぞ。」
———ジャーン。
久しぶりの高揚感。
でも息が合わない。
走る。
指がもつれる。
音がズレる。
当たり前の話だった。
「いいね。久々の割にできてたんじゃないか。」
俺は笑顔でそう言った。
「いや、全然ダメだな。」
高橋が呟く。
「そうか?俺は……。」
「お前がダメなんだよ!」
「何遠慮してんだ!」
「えっ。」
「さっきから気を遣ってらしくねえ。」
「だってそれは。」
「社会人になって丸くなったな。」
「全然ロックじゃねえ。」
「なんだと。」
「俺はあの時のことは許してねえ。」
「……。」
「でももっと許せねえのは、そこまで貫いたお前が俺らに今更気を遣ってることだ。」
「……。」
「俺らは自分の意思でお前の曲に集まってる。」
「今日だってそうだ。俺らは自分の意思でここにいる。」
「……。」
「変な気を遣うなよ。ぶつかり合ってここまできただろ。」
「ラストライブこそ最高の完成度目指すべきだろ。」
何も返すことができなかった。
そうだ。
俺たちはぶつかり合ってやってきたんだ。
気を遣い合ってやるなんてHurly-Burlyじゃない。
「……そうだな。」
俺はつぶやいた。
「じゃあ高橋。鈍りすぎだ。まず練習してこい。」
「松井、まだ続けてるらしいのにリズムキープが甘い。」
「そして哲也お前が一番鈍ってる。」
「いきなりかよ。」
哲也はそう言って笑った。
高橋も松井も笑っている。
そうだ。
これがHurly-Burlyだ。
「てか聞いてねえけど最後のハコはどこなんだ。」
俺の質問に哲也は笑い始める。
「SBでワンマン。」
哲也は高らかに言った。
「300キャパかよ。」
高橋は叫んだ。
「おい。待て。それは現役当時の目標だろ。」
「今更達成は無理だって。」
松井も動揺している。
「ははっは。」
俺は笑ってしまった。
「それはいいな。最後に最大のハコ。」
「達成したら、ロッソネロを越えれるしな。」
俺は哲也に目をやる。
あいつはニヤリと笑った。
「だとしたらまだまだ足りねえぞ。」
「特に哲也知っててそれならもっと危機感もて。」
「わかってるよ。」
それから俺たちはライブまで死ぬほど練習した。
夜から朝まで倉庫に詰めっぱなしだった。
倉庫から各々会社や大学、バイトへ。
終わればまた倉庫に戻る。
それでも笑っていた。
そして俺たちはライブ当日を迎える。




