4話 好きなまま
あれから半年。
俺は専門学校を辞めた。
バンドがなくなった以上、働くことを引き延ばす必要はない。
スーツを着てネクタイを締めるのも慣れた。
「あちい。」
夏のスーツってやつは、理不尽の象徴だ。
玄関を開けると涼しい空気が流れ込む。
「おかえり。」
「なんでお前がいんだよ。」
哲也がうちで晩飯を食う。
もう見慣れた光景。
「安心しろ。お前の分はある。」
どういう配慮なのか。
友人と実家で食卓を囲む。
「仕事はどうだ?」
「もう慣れた。」
「いまだにスーツが似合わねえけどな。」
「うるせえよ。」
「てか後で絵見てくれよ。」
「またなんか書いたのか。」
「彼女の似顔絵。」
哲也はニンマリと笑う。
「何枚目だ。」
「いいだろ。別に。」
「仕事になるまで描き続けるさ。」
「じゃあ後で俺の新曲も聴けよ。」
「へえ、楽しみにしてるわ。」
食事を済ませて、俺の部屋へ。
「どう?」
「俺は下手やけんわからんが、うまいと思う。」
「そうか。」
「あと好きなのがわかる。」
「何が。」
「絵とこの子が。」
「うざ。」
「聴いたのはお前だろ。」
「じゃあ俺の番な。」
「おう聴かせて。」
俺は新しく録った曲を流した。
「アルバムに入れれそうだな。」
「ああ。」
「でもやっぱドラムが音源だとしょぼいな。」
「それはしょうがねえ。」
「そういや松井はまたバンド組んだってよ。」
俺はあれ以来、こいつ以外とは会っていない。
「へえ。」
「高橋はテニスサークルに入ったらしい。」
「それをなんで俺に言うんだ?」
「気になるかなって。」
「別に。」
「まあいざとなりゃ松井に頼んで叩いてもらおうぜ。」
「ロッソネロのドラムに頼めばいいだろ。」
「ロッソネロね。」
鉄平が組んだバンド。
俺たちと入れ替わるように活動を始めた。
気づけば客まで持っていかれていた。
「次、150キャパでワンマンだろ。」
「あいつら、俺らが3年かけたことを、1年も経たずにやっちまった。」
「才能が違うんだよ。」
「お前はもうやらねえのか?」
俺はタバコに火をつける。
悔しさはない。
寂しさはあるが。
「向いてねえよ。」
「何が。」
「人目は嫌いだし、お前みたいに人と上手くもやれない。」
「お前は才能があんだろ。」
「今からでも……。」
「好きなものを嫌いになりたくないんだ。」
「俺はこうやってるのがちょうどいい。」
「そうか。もったいないな。」
「そんなことねえよ。」
それから曲作りを続けるうちに朝になっていた。
またスーツを着てネクタイを締める。
眠たい。
でもやっぱり音楽は楽しい。
——————
「内村。これ頼むよ。」
「はい。」
「そういえば夜、部長と飲みに行くぞ。」
「わかりました。」
飲み会は嫌いだ。
でも仕事だから仕方ない。
「また暗い顔して仕事してますね。」
顔に缶コーヒーを当てられる。
「どうも。」
「愛想悪いな相変わらず。」
そう言って笑う。
「田上さん。集中できないので。」
俺はこいつが苦手だ。
「おお、未来ちゃん。また来たのか!」
「休憩ついでに来ました。」
「皆さんもこれどうぞ。」
「おお、ありがたいね。」
隣のオフィスに入る別会社。
それでも俺よりうちの会社に溶け込んでいる。
「いつもうちの内村が悪いね。」
「いえいえ。」
「迷惑なんてかけてませんが。」
「かけてるだろ。元気ないし無愛想だし。」
上司は俺の頭を雑に叩く。
「……。」
「なんか心配なんですよ。彼を見てると。」
「いいねー。こんな美人に心配されて。」
「嬉しくないです。」
「またそんなこと言って。」
「未来ちゃん後でビシッと言っとくから。」
「いえいえ。これが内村くんですから。」
「じゃあ頑張ってね。後輩くん。」
最悪の気分だった。
でもコーヒーは美味しかった。
——————
居酒屋の空気感が苦手だ。
酒とタバコに塗れ、隣に負けじとでかい声を出す。
「いやーたまらんな。」
「本当最高です。」
酒の席で交わされる中身のない会話。
俺はただ烏龍茶とタバコでこの時間をやり過ごす。
「しかし内村くんは仕事できるね。」
「阿部くんも鼻が高いだろ。」
「いやほんとに。この無愛想だけ治ればね。」
また雑に頭を叩く。
「隣の田上さんにも気に入られてるそうじゃないか。」
「部長も知ってるんですか?」
上司は嬉しそうに聞く。
「ああ。あの子はいい子だよね。」
「そうなんですよ。愛想もいいし元気だし。」
「私も何度か会ったことあるけど、そう思うよ。」
「内村、実際のところどう思ってるんだ。」
脇腹を突きながら上司は聞いてくる。
「苦手です。」
「本当か〜。」
もう酔いが回っているようだ。
早くこの場を去りたかった。
「……本当です。」
———「なんだ君は!」
遠くの席から怒鳴り声が聞こえる。
「あれは未来ちゃん?」
上司は立ち上がって言う。
「謝ってください。」
「何を謝るんだ。」
「セクハラです。うちの又吉が泣いているんですから。」
彼女の隣には泣いている女性社員がいた。
「女のくせに偉そうに。」
たまたま彼女と目が合った。
彼女はすぐ逸らした。
「男女は関係ありません!」
「あなたが彼女に嫌な思いをさせたことには変わりないです!」
もう一度、男に向き直って言った。
「もういい!今日は帰る!」
「ちょっとお待ちください!」
彼女の上司が止めに入るが、取引先らしき男は店を出て行った。
「田上!どうしてくれる!」
「これで商談がおじゃんだ!」
「商談よりも大事なことはあります!」
「今日は帰れ!頭を冷やしてこい!」
そう言われて彼女は店を出て行った。
「未来ちゃん。かわいそうに。優しいから。」
上司は呟く。
「仕方ないさ。社会のルールだ。」
部長も同調する。
心の中がざわつく。
「あの、体調悪いんで今日は。ごちそうさまでした。」
俺は気づいたら店を出ていた。
「田上さん。」
俺は彼女の腕を掴んだ。
「内村くん?」
彼女は泣いていた。
飲み屋街はまだ騒がしい。
「場所、変えませんか。」
——————
近くの河川敷に腰を下ろす。
「どうぞ。」
俺はいつもの缶コーヒーを手渡した。
「これは?」
「いつものお礼です。」
遠くから賑わう街の声が聞こえる。
「……。」
「恥ずかしいとこ見せちゃったね。」
彼女は涙を拭きながら笑う。
「いえ、別に。」
「昔から正義感が強くて、許せないことは許せないの。」
「わかる気がします。」
「でもやっぱり折れるべきところは、折れなきゃダメなのかな。」
「……。」
ファミレスの記憶が蘇る。
「どうしても譲れないものがあるなら。」
「俺は折れて後悔したくはないです。」
「えっ。」
「田上さんはそういう自分嫌いですか?」
「……いや正義感が強いのは私の長所だと思う。」
「思ったことすぐ言っちゃうとこも。」
「好きなものを嫌いになると辛いです。」
「……。」
彼女は俯いたまま缶コーヒーを握りしめる。
「好きなまま生きられる方法は、あるはずです。」




