5話 「『』」
「学校どうだった?」
「まあ普通に授業だった。」
「そりゃそうだろうな。」
親父は笑う。
「いろんな人が居ただろ?」
「いたな。」
「可愛い子いたか?」
「何狙ってんだよ。」
「普通の女子高生は無理でも、通信ならな。」
「真実姉ちゃんがいるだろ。」
「それとこれとは別。」
ボケなきゃ気が済まない人である。
「冗談はさておき、友達できたか。」
「友達ってわけじゃないけど、ベースやってる奴がいた。」
「おお!いいやん!」
「仲良くなったか?」
「まあまあ。」
自信はなかった。
「一緒に合わせれるといいな。」
「まだそこまでは。」
「音を合わせるのは大事だぜ。」
「一人でやるのと難しさも楽しさも段違いだ。」
「そうだね。」
俺はまだ親父には音楽をやりたいと言えずにいた。
「まあ、楽しくやれよ。」
親父はタバコを吸い始めた。
俺は自分の部屋に戻る。
———ジャカジャーン。
ギターを鳴らす。
テレビにはホークス対ライオンズが映る。
バッターは山川。
並行カウントからの4球目。
———カキーン。
ボールはスタンドへと飛び込んだ。
「何やってんだよ。」
「ホームランしかないんだから。」
『お前も同じようなもんだろ。』
何が。
『器用に色々できるわけじゃない。』
うるせえな。
一発でかいの狙ってんだよ。
うん?
『どうした?』
これ曲にできそう。
『不器用万歳ってか。』
まあそんなもんだ。
ちょっと付き合え。
明るくポップだけど力強いパンクアンセムにしたい。
『面白え。』
それから俺たちは、一気に制作に取り掛かった。
「I Love You」でコツを掴んだ俺は3日で曲を完成させた。
「Home Run Batter」
そのまんまのタイトルだった。
誰かに聴いてもらいたいな。
『明日、美玖に聴かせればいいだろ。』
どこで?
『学校しかねえだろ。』
『放課後、あいつにも聴かせればいい。』
……いや、でも。
『自信ないのか。』
……まだ覚悟が足りない。
『怖いんだろ。』
……。
『そんなんじゃ音楽はできねえよ。』
わかってるよ。
『チキンだな。お前は。』
そう言ってアイツは消えた。
アイツの言う通りだ。
覚悟が足りない。
こんなんじゃダメだ。
———ピロン。
美玖からの電話。
「もしもし。」
「もしもし。」
「なんかテンション低くない?」
「別にそんなことねえよ。」
敏感すぎるよ美玖。
「今日さ、バイト探してたんだ。」
「バイト?」
「うん。ファミレスのホール!」
「制服可愛くて!」
「もう働くのか。早くないか?」
「早くお金稼いでおじいちゃん達に孝行したいなって。」
「それに蓮介みたいにやりたいことが見つかった時用に貯金!」
バイトについては入学前から言っていたが、美玖はもう踏み出そうとしていた。
「今度、面接行こうかなって。」
「すげえな。お前は。」
「なんで?」
「自分の意思をしっかり持ててさ。」
「そんなことないよ。蓮介、音楽やるじゃん。」
「そうだな。」
自信を持って返せなかった。
「何悩んでるかわかんないけど、蓮介なら大丈夫!」
「わかんないのにか。」
「蓮介はやる時はやるから!」
「すごい信頼だな。」
「信頼してるよ。いつもそうだもん。」
「ありがとうな。」
「明日、ギター持ってくからちょっと曲聴いてよ。」
「えっ新しいのできたの?」
「ああ。」
「楽しみにしてる!」
「任せろ!」
自分を奮い立たせた。
「じゃあまた明日ね。」
「ああ。おやすみ。」
そう言って電話を切った。
そして俺は335をギターバックに入れて床についた。
眠れない夜。
今日ばかりはBGMはパンクやロックにした。
明日は俺の曲のデビューだから。
——————
目覚ましより早く起きたが、気分は悪くなかった。
「今日はギター持ってくのか?」
親父は朝食中だった。
「うん。教室借りて弾こうかと。」
「いいやん。」
「ベースの子と上手くやれるといいな。」
「うん。ありがとう。」
親父はそそくさと出て行った。
今日は火傷に気をつけて味噌汁を飲む。
さあ行こう!
自転車がいつもより軽い。
俺はそのまま美玖を迎えに行った。
相変わらず、駅は混んでいる。
美玖は押し出された麺のように出てきた。
「おはよう。バンドマンみたい。」
「バンドはまだやってねえよ。」
「まだね。」
「行くか。」
「曲いつ聴かせてくれるの?」
「放課後かな。」
「じゃあ康成くんにも?」
「そのつもり。」
「私のためだけじゃないんだ。残念。」
美玖は膨れている。
「そりゃ悪かった。」
「気に入ってくれるといいね。」
「別に気に入ってもらおうとは……。」
「バンド組んで欲しいんでしょ?」
美玖は俺を横目で見て笑っていた。
「相変わらず察しがいいな。」
「彼女ですから。」
「まだ彼女じゃねえけどな。」
「あーはいはい。」
流された。
「私は今日こそ友達作る!」
美玖は拳を握る。
「それも頑張るんだったな。」
「じゃあ今日も頑張るぞ!おー!」
無理やり上げられた拳をなぜか俺も握っていた。
——————
前回と同じように机は前が空いている。
変わったとすれば若干、視線が痛いこと。
噂は回るのが早い。
それでも2人で座るしかなかった。
「もうアウェーになってね?」
俺が小声でそう言うと美玖は頷くだけだった。
「隣いいかい?」
声をかけてきたのは、この前の老人だった。
「もちろん。どうぞ。」
今日は美玖のためにも愛想よく。
「それギターかい?かっこいいね。」
「ありがとうございます。」
「私は楽器ができないから。」
「余裕がなかったとかですか?」
やべっ。
失礼だったか。
「そうなんだよ。働くのに忙しくてね。」
笑顔だった。
よかった。
「僕のおじいちゃんも中卒で働いてたんで大変だったと聞きました。」
「私もそうなんだ。だから年甲斐もなく今から高校に通おうと思ってね。」
「素敵だと思います!」
美玖が大きな声で割り込んでくる。
「ありがとう。お嬢さん。」
「僕ら祖父母と暮らしてるんで、親近感があるんです。」
「そうか。嬉しいね。」
老人は微笑んだ。
「僕は内村蓮介と言います。こちらは。」
「中谷美玖と言います!」
声からも期待が伝わってきた。
「私は松木和夫と申します。」
「よろしくお願いしますね。2人とも。」
「こちらこそ。」
「よろしくお願いします!」
友達とは言えないかもしれない。
でもこの特殊な環境でしか繋がれない人間関係が、初めて繋がった。
カップルと老人。
側から見れば異質な組み合わせが、教室で一番賑やかな席になっていた。
——————
「ではまた月曜日に。」
「はい。また。」
俺は頭を下げた。
「また、話しましょう!」
美玖はなぜか握手をしている。
「もちろん。」
そう言って老人は帰って行った。
「満足か。お嬢さん?」
俺は冗談めかして聞く。
「うん。すごい楽しかった!」
流石にそこまで嬉しそうにされると、こっちも嬉しくなってしまう。
「じゃあ、2年の教室行こっか。」
「ああ。」
階段を登って3階へ。
いつも通り心地よい低音が響いていた。
「康成。邪魔していいか?」
ドアを開けて確認を取る。
「蓮介と中谷さんか。いいよ。」
俺たちは教室に入る。
「おっ!ギターじゃん!持ってきたのか。」
康成は俺の背負っているものを見て嬉しそうに言った。
「実は、曲ができてさ。美玖に聴かせたくてここ借りたいんだ。」
「いいけど……。」
目を大きくして驚いていた。
「急で悪いな。音出せるとこがなくて。」
「もしよかったらだけどさ、俺も聴いていい?」
康成は恐る恐る聞いてきた。
「もちろん。」
「ありがとう。」
ベースを置いて、俺の方に体を向けた。
俺はギターを出しチューニングをする。
「本当にレフティなんだな。初めて見たよ。」
「だろ。」
「左利きって珍しいの?」
「左利きでも右利き用使うことが多いからね。」
美玖の疑問に康成は答える。
『さあ、どうなるかな。』
大事な時に話しかけんな。
『俺の曲でもあるからな。』
じゃあお前も歌え。
『へえ。乗っ取られても文句言うなよ。』
アイツは笑った。
かかってこいよ。
俺は周りのことを考えることをやめる。
自分だけに。
感情だけに集中する。
全身を縛る鎖を弾き飛ばすイメージ。
「『さあ、行くぞ!』」
「『Home Run Batter』」




