6話 矛盾の反動
——ジャーン。
心の中がスッキリした。
そして押し寄せる圧倒的な疲労感。
「はあ、はあ。」
評価を求めていたはずが、それが必要ないほどの爽快感があった。
「……すげえ。」
先に声を上げたのは康成だった。
「すげえよ!蓮介!」
康成は興奮しているようだった。
「歌うますぎだろ!それにパンクなのにポップで聴きやすい!」
「歌詞にも熱がこもっててそれが歌に乗ってて……。」
早口すぎてなんて言ってるかわからなかったが、褒めてくれてるのはわかった。
「なんかわかんないけど、すごかった!」
美玖も興奮しているようだったが、言葉はこれぐらいの方が入ってきやすかった。
やっと少し落ち着いた。
「ありがとう。」
こう返すだけで、精一杯だった。
体ではない心の疲労感がすごく、もう何もしたくない気分だった。
それでも話は進んでいく。
「これいつ思いついたんだ?」
康成は興味津々だ。
「えっと、3日前かな。」
「3日で完成させたのか!?」
「ああ。」
「詞先?曲先?何かにインスピレーション受けて作ったのか?」
矢継ぎ早に質問が繰り返される。
「ああ、えっと……。」
「大丈夫?蓮介?」
俺の様子を見て美玖が割って入る。
「ごめん。なんかすげえ疲れちまって。」
「具合悪い?」
「いや、ただ何もできそうにないってだけ。」
「悪い、蓮介。俺、興奮しすぎた。」
康成は慌てて謝罪した。
「今日は帰ったら?」
2人の心配そうな声に、やっと自分の様子のおかしさを客観視できた。
「そうさせてもらっていいか。」
「うん。もちろん。」
そう言いながら、康成は335をケースに入れてくれていた。
「私を駅まで送らなくていいから、早く帰ってゆっくりしてね。」
美玖はバッグを準備してくれている。
「ふふっ。」
なんか病人みたいで笑ってしまった。
「よかった。笑う余裕はあるんだね。」
美玖はそう言って康成とアイコンタクトしている。
俺はギターと荷物を持ち、駐輪場へ向かう。
「また月曜に会おう。感想聞かせてくれ。」
そう言うので精一杯だった。
「おう。」
康成は作ったような笑顔で言っていた。
「帰り気をつけてよ。」
美玖の心配そうな顔は少し胸に刺さった。
俺はなんとか自転車に乗るが、電柱にぶつかりかけるなど散々だった。
スピードをできるだけ落とし、俺は家へとペダルを漕ぎ続けた。
アイツはなぜか出てこなかった。
こんな時だけ。
——————
俺はベッドに倒れ込む。
頭が回り続ける。
色んな記憶が勝手に浮かんでは消えていく。
歌ってる時の美玖や康成の表情。
笑顔の松木さん。
親父、宗介。
大洋、隼人。
両祖父母。
照井。
そして母親。
今日から数日間、そして幼い頃まで断片的な過去の記憶。
嬉しいことから楽しいこと。
辛いこと悲しかったこと。
感情も頭も追いつかない。
俺はそのまま目を閉じた。
——————
気づくと0時は回っていた。
美玖からLINEが来ている。
声が聞きたかった。
「もしもし。」
「もしもし!大丈夫?」
「大丈夫だよ。ありがとう。」
「心配したよ〜。」
締まりのない声で美玖が言う。
「悪かったな。」
「どうしちゃったのかなって。」
「俺もよくわかんねえんだけど……。」
「……多分、アイツのせいだ。」
「アイツ?」
「声。」
「頭の中で鳴ってるっていうあの?」
「ああ。歌う時、アイツと一つになったっていうか、一人になったっていうか。」
自分で言ってて、スピリチュアルすぎて気持ち悪い。
「そうだったんだ。確かに歌ってる時、少し雰囲気が違う気がした。」
そう見えていたのか。
「普段押さえつけてるから、それを解放した感じだな。」
「なるほど。それで一気に疲れたと。」
なるほどなのだろうか。
俺ですら言っててよくわからないけど。
「多分そうだな。」
「心配かけたな。」
「ううん。」
美玖はそう言って少し黙った。
「実はあの後、康成くんに少しだけ蓮介のこと話しちゃった。」
「康成に?」
「うん。勝手にごめんね。」
むしろ好都合だった。
「いや、言わなきゃこの状況は説明つかないだろ。」
むしろ気になるのはその反応だ。
「なんか、なるほどって言ってた。」
「なるほど。」
「わかんないけど、なんか考えてる感じだったよ。」
電話越しには雑音だけが流れていた。
「心配?」
「まあ受け入れられなくても無理はないよ。」
「いやそこは大丈夫だと思うよ。」
「なんで。」
「最後まで蓮介のこと本気で心配してたから。」
「よく見てるな。」
「まあね。」
「考えてもしょうがねえから月曜、直接話すさ。」
「でも声聞いて安心した。」
「心配かけたな。」
「ううん。じゃあまた、月曜に。」
「おう。」
そう言って俺たちは、電話を切った。
『相変わらず弱いなお前は。』
やっと出てきたか。
お前のせいだろ。
『おまえが勝手にバテただけだろ。』
うるせえよ。
『俺のせいにするのは勝手だが、もっと他に見るところがあるだろう。』
わかってるよ。
自分を押さえつけてる反動だろ?
美玖と話している間にいつの間にかたどり着いた答え。
『そうさ。押さえつけすぎるから解放すると一気に疲れる。』
必要なのは、お前を受け入れることだって言いたいんだろ?
『そうだ。無理に押さえつけるからこうなる。』
悪いが断る。
『強情だな。』
俺はお前が嫌いだ。
そんな自分になりたくない。
『人を悪者みたいに。俺はお前だって。』
違う!
お前は俺の暗い過去が生み出した幻影だ!
明るい未来を築ければ消える!
『それはどうかな。』
そうに決まってる。
『潔癖なやつだ。』
俺はお前を使って音楽をやって、お前を消し去る!
『かかってこいよ。乗っ取ってやる。』
そう言ってアイツは消えた。
俺は負けるわけにはいかない。
この化け物さえ操って、俺が勝ってやる。
そう決意して俺は、目を瞑った。
その夜は久しぶりによく眠れた。
——————
土日は家で「Home Run Batter」を突き詰める。
『ギターは2本でいくのか?』
ああ。基本は2本で行こうと思う。
『楽しそうだな。』
やることがはっきりしたからな。
ポップパンクのアルバムを作る。
今の俺の全てを使って。
この曲は中心になる。
そう実感していた。
『アルバムと言っても録音機材はどうする。』
そこは大きな問題だ。
『ドラムは打ち込みでやるとして、ベースはどうする。』
ベースも録音機材も買うつもりだ。
『ということは親父にも、実質伝えることになるぞ。』
ああ。もう迷いはないよ。
『康成はどうするんだ。』
どうするって。
『誘いたいんだろ。』
そのつもりだ。
音楽性も近い。
技術もある。
人柄もいい。
『俺たちのことを知っても、組んでくれるかな?』
意地悪くアイツは聞いてきた。
『メリットがないだろ。』
うるせえな。
断られたらそん時だ。
『粉砕覚悟か。』
ビビってたら始まんねえだろ。
『ついこの前までビビってたくせによ。』
言ったろ。
やることがはっきりしたって。
覚悟はもうできてる。
音楽では妥協はしない。
自分の意思をしっかり持つ。
『へえ。そんなことお前にできるのか。』
音楽の時だけは自分を解放する。
そう決めたんだ。
『いいね。俺の出番も増えそうだ。』
お前はあくまでツールだ。
俺は俺だからな。
『言っていればいい。すぐに乗っ取ってやる。』
お前こそ言ってろタコ。
一歩踏み出したからこそ、浮き彫りになった問題は、俺の覚悟をより強固なものにした。




