表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真空で鳴る音  作者: youkey
4/6

4話 憧れ

月一の面会の日。

部活でしごかれ体重が2キロ減った夏休み、俺は親父に家に来ていた。

正しく言えば、離婚後に実家に戻ったから祖父母の家ではあるが。

その部屋は、カレンダーの跡だけがわずかに白く、他は黄ばんでいた。

古い中型アンプにテレキャスターが繋がっている。

床にはシールドが絡まったまま転がっていた


「この前、母さんとさ....」


「おっ!ヴォルとまたなんかあったか?w」


「何、ヴォルって?」


「ハリーポッターあんだろ。魔法のやつ。」


「うん。ヴォルデモートのこと?」


「そそ!お前の前では名前を出しちゃいけない例のあの人なw」


また親父は戯けて笑う。

ああやって笑えるのが、ずっと不思議だった。


——何がそんなにおかしいのか、わからなかった。


「また機嫌悪くてキレ散らかしてたから揉めた。」


俺はバツが悪くそう告げる。


「あー......あの人はそうやろうね。」


そう言って笑う。

少しだけ間があったが、笑い事ではない。

こんなの毎日繰り返してみろ。


「まあわかるよ。俺がいた頃は俺にだった。」


「また、親父に似てるって。」


「俺に?そうかな?」


似てるだろ。

見た目からして。


「怒ってる相手に冷静に話す感じとか言い方が気に食わんらしい。」


「あの人すぐキレるもんね。」


やれやれとメビウスに火をつけテレキャスターでEmのローコードを鳴らす。

少し暗い響きが、黄ばんだ空気を揺らした。

それでも親父は、何もなかったみたいに笑っていた。

今更、換気扇の前に座っても、壁紙は戻らない。


「でもほぼ毎日やけん正直しんどい。」


俺がそうこぼすと


「やったらこっち来い。」


煙がゆっくり吐き出される。


本気で言ってるのかは、わからなかった。


「それはできんっていつも言いようやん。」


「まあ、覚えとけ。」と親父はタバコの火を消す。


「蓮介、人生、笑ったもん勝ちやけんね!」

「……まあ飯でも行こうか!」


親父はそう言って準備を始めた。


俺は、親父みたいになりたい。

でも、あの人みたいには笑えない気がした。


寝ている宗介を起こす。

朝までゲームをするには小3はキツかったらしい。


「親父が飯食いに行こうって。」


「行く〜。」


そう言いながらも布団の中から出れないアイツは、可愛らしかった。

誰かさんのように怒鳴る気にはならないほど。


3人で車に乗って目的地へ向かう。

車の中はバンドサウンドが心地よくなっている。

俺と親父は多分、音楽中毒だ。


目的地へ着く。

そこには1人の女性が立っていた。


「おはよう。」

その声は、小さかった。


「真実姉ちゃん、おはよう。」


女性は軽く挨拶を交わして車に乗り込んだ。

この人は親父の彼女。

初めはその存在に複雑な感情があったが、今では俺も宗介も心を許している。


優しく落ち着いている。

親父との相性もいい。


なんで母さんだったんだろう。

あの母親だったから今があるのだとすれば、納得はできるが。


この日だけは、少しだけ楽だった。


今日も車からVampire Weekendの「Holiday」が心地よく響く。



——————


その日の夜、



「ギターって楽しい?」


「楽しいよ!本職はボーカリストだけどな。」


「親父はプロになろうとか思わなかったの?」


宗介は今日は耐えられず寝落ちした。


「……思わなかったかな。」


「なんで?」


「人の前に出るのが好きじゃない。」


「えっ。そうなの?」

「100人以上、ライブ来てたんでしょ?」


「だからさ。合わねえなって。」


「そうなんだ。」


「……まあ、向いてなかったんやろうね。」


親父はタバコに火をつけて言う。


「それに鉄平がいたからな。」

「俺も哲也もすぐ抜かれた。」


「……」


親父のバンドの元ギタリスト哲也兄ちゃんは、東京でイラストレーターをしている親父の親友だ。

俺も面識はあるが、オンラインでゲームばかりするうちに声だけの存在になっている。


鉄平兄ちゃんはその弟。

プロのミュージシャンだ。

面識はあるが、歌声だけが深く刻まれている。


「それでもメジャーではうまくいかなかった。」


「……」


「うまくいってもKAZUHAみたいに操り人形さ。」


今をときめくシンガーソングライターKAZUHA。

親父たちとは路上時代からの知り合いだ。

面識はない。

ただ歌声を聴いたことがあるだけ。



「人が書いた歌を歌うだけだ。」


……メジャーってそんなに厳しいんだ。


「あそこは金が全てだからな。」

「好きにやりたいなら圧倒的なものがないと。」


一見華やかに見える世界は、俺が想像するよりしがらみや策略で埋め尽くされているようだった。


……プロか。

俺にはそんな才能ないだろうな。


親父はテレキャスターを握る。


「でも俺はやるだけで満足だ。」

「お前もやるか?」


「俺は……」


親父は、ああやって笑える。

俺は——

あそこまで軽くなれなかった


——————



「気をつけて帰りなさいよ。」


祖母は言う。


「うん。ありがとう。」


胸を突くような寂しさが込み上げる。


「これ持っていきなさい。」


祖父がくれる米の袋は、宗介が入りそうなぐらい大きかった。


「あとこれ。」


「こんなにいいのに。いつもありがとう。」


白い封筒には「小遣い」と書いてある。

中には、学生が一ヶ月で使うにはあまりある札が入っていた。


「じいちゃん、ばあちゃんまたね!」


元気に別れを告げる。


俺たちは車に乗り込み、出発した。


この時間が世界で一番嫌いだ。


家に近づくにつれて楽しい時間に別れを告げて、現実に戻される感じがする。

寂しさもあるが、何より帰ってからの母の機嫌がより気分を重くさせる。


母が父の家から帰るタイミングで機嫌が良かったことは一度もない。


音楽と走行音が負けじとぶつかる。


宗介は疲れて寝ている。

俺も疲れて寝ていればこんな気持ちにはならなくて済んだのかな。


「蓮介。」


車の音楽を小さくして、親父が話しかけてくる。


「本当にしんどくなったらいつでもいい、家へ来い。」

「我慢する必要はないから。」


「うん。」


親父はずっと味方だった。

それで、よかった。


俺は親父に別れを告げ、重いドアを開ける。

すでに重苦しい雰囲気が家中を包んでいて俺は思わず息を呑んだ。


明るくなった玄関に暗い廊下から母が来る。

本当にヴォルデモートのようだ。


「おかえり。」


平日にはない雑な言い方で母は言う。


「ただいま。」


「あんた達宿題はやってきたと?」


宗介は、何も言わないまま俯いた。

月一しか会えない親父に会ってる時に、宿題をするなんて無理な話だ。


「やってない...。」


もう何度目か、わからない会話だった。


テーブルに目をやると滅多に使わない、バッグがあった。

俺たちが親父といる時、決まって母は出かけている。

機嫌が悪い理由は母も一緒かもしれない。


「あんたは!」


「俺は金曜でもう終わってる。」


耳がキーンとした。


「じゃあ明日の準備して寝なさい。」


勢い任せで母が言う。


「なんで母さんに、そんなこと決められなくちゃいけないの?自分のことは自分でできる!」


ついカッとなる。

少し前まで楽しかったから余計だ。

冷や水にも程がある。


「あんた、どうせ父親から変なこと吹き込まれたっちゃろ?」


「は?何もないし。頭おかしっちゃないと?」


俺は鼻で笑った。


「誰に言いようとか!」


堪忍袋の尾が切れた母が詰めよる。


「おかしい奴におかしいって言って何が悪い!」


ダメだ。もう冷静に話せない。

このままだと俺までヒートアップしてしまう。

ごめん、宗介。

今日は守ってやれそうにない。

俺は部屋のドアを力一杯閉めた。


一瞬だけ、静かになった。


「父親もお前も嫌いや!」


壁を通り抜けてきた棘が、俺の心に刺さった。



イヤフォンをつける。

OASISの「Don’t Look Back In Anger」が流れる。

それでも、さっきの言葉だけは消えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ