3話 青春?
制服はない。
遊びに行くような、リュックサックに教科書とレポート用紙をつめる。
———説明会で言われたのはこれぐらいか。
明日の準備なんていつぶりだろう。
『高校生デビューだな。』
いや”再”デビューな。
『自分でいじるのか。』
自分で言ってて気持ち悪いだけだ。
『さて、お前は仮面を脱ぎ捨てれるかな。』
もうやめたんだよ。
『染みついたものはそう変わらないだろ。』
美玖がいる。
『おんぶに抱っこか。』
あいつに心配かけたくない。
『それは美玖に気を遣ってることにならないか。』
気を遣ってない。
俺の願いだ。
仮面を脱ぐのも。
美玖を悲しませたくないのも。
『お手並み拝見だな。』
ああ。黙って見てろ。
———ピロン。
通話ボタンを押す。
「もしもし。」
「もしもし。」
「明日だね。」
美玖の声は上擦っている。
「そうだな。」
「緊張してる?」
「学校には別に。」
「学校には?」
「人と関わるのは久しぶりだ。」
「入学式とか説明会あったじゃん。」
「ありゃ話、聞くだけだろ。」
「まあ、私がいるから。」
「癪に触るな。」
言葉とは裏腹に唯一の安心材料だった。
「今日は早めに寝なよ。」
「不眠症に無茶言うなよ。」
「薬はあるんでしょ。」
「そんな万能じゃねえんだよ。」
「じゃあ今日はもう終わり!早く布団いって!」
「わかってるよ。」
布団に着く時間と寝れるかは関係ない。
でも体を休めておくだけマシか。
「じゃあ明日ね。」
「ああ。」
俺はスマホを置いて布団に入った。
——————
秒針との戦いはもう慣れている。
最近は音楽を流して寝ることで、楽になることに気がついた。
パンクやロックは厳禁。
バラード多めのプレイリストを初めて作った。
BPMの遅い、心地よい音楽が流れる室内で、俺の心臓だけが速かった。
『緊張してるな。』
わざわざ言ってくる。
うるせえよ。
『今日は無理だろ。条件が悪い。』
目を瞑って横になることが大事なんだ。
『医者に言われた受け売りか。』
縋れるものには縋っておきたかった。
ちょっと黙ってろよ。
『お前の意識が自分に向いてる限りは、無理だろ。俺はお前だ。』
大きなため息がバラードに悲壮感を生む。
不眠症になって、初めての朝からの予定。
不眠症で怖いのは、寝れないことじゃない。
寝れないのに明日が来ることだ。
時計は残りの睡眠時間を表すタイマー。
俺は残り2時間になって意識が飛んだ。
——————
「はあ。」
あくびかため息は自分でもわからない。
朝飯は下へ行くと用意されていた。
親父が出るところだった。
「おう。頑張ってこいよ。」
「うん。そっちもね。」
「いってきます。」
「いってらっしゃい。」
ネクタイを締め直し親父は出て行った。
毎朝これをやることは、俺にはできないと悟った。
朝食を終えて、自転車に乗る。
「いってらっしゃい。」
わざわざ玄関前に出て祖父母が見送る。
孫には過保護だ。
いや、俺だからか。
「いってきます。」
味噌汁で舌を火傷したことは黙って、家を後にした。
それぞれの制服を着て、それぞれの場所に向かう者たち。
朝は嫌いだ。
行き交う人に余裕も覇気もない。
その空気に飲まれて、俺まで焦る。
ペダルの回転率がいやでも上がる。
「電車よりマシか。」
そう思わないとやってられなかった。
人の声より、走行音と歩行音が響く道路。
いやになってイヤフォンをつける。
New Found Gloryの「The Anthem」が流れる。
世界中で同じ気持ちの奴らが溢れていることが、救いだった。
——————
最寄駅で待ち合わせる。
先に見つけたのは俺だった。
行き交う人を避けながら、キョロキョロしている。
声をかけてもいいが、朝っぱらからいちゃついてるカップルのレッテルは避けたかった。
少しして美玖は俺を見つけた瞬間、一気に表情が明るくなった。
なんか照れる。
小走りで駆け寄ってきた美玖と自転車を押して歩き出す。
「おはよ。」
「おはよう。」
「楽しみだね。」
「そう思ってるのは美玖だけだよ。」
「えーなんで。」
「私は毎日でもいいのに。」
在宅コースから半年で週2通学コースへ。
予想外のコース変更だった。
「一緒に行きたいって言うから仕方なくな。」
毎日コースだけは断固拒否して良かったと改めて思った。
「でも半年も早く編入してるのに、同じ一年生なんだね。」
「卒業は3月だからな。」
俺と美玖は一年遅れの一年生になった。
「改めて今日からよろしくね。」
「ああ。」
学校の登下校が一緒。
それだけで俺は十分だった。
——————
指定された教室へ入る。
俺が今まで入った教室ではない異質な教室。
教科書を捲る音さえうるさく響きそうな静寂が、包み込んでいた。
制服姿もいれば、スーツ姿もいる。
年齢も服装もばらばらだった。
子連れの母親。
作業服のにいちゃん。
派手髪の同年代。
そして俺と美玖のようにペアなどない。
一人一人が独立していた。
「ちょっとしゃべりにくいね。」
美玖は小声で言う。
「通信なんてこんなもんだろ。」
後ろから順に座れと言われたように机が前だけ空いている。
とりあえず最前は開けて、二人で座る。
同じく押し出されたのか、隣には白髪混じりの老人が座っていた。
「よろしくお願いします。」
「どうも。」
丁寧な挨拶に雑に返す。
「そちらのお嬢さんもよろしくお願いしますね。」
「こちらこそ!よろしくお願いします!」
なんでこいつはワクワクしているのだろう。
『ここで青春は無理だな。』
……。
『期待してただろ。』
……否定はできなかった。
———「うわ、静か!」
あえて茶化すように教師が入ってくる。
それでも教室は静かだ。
「じゃあ、まずは隣の人と話してください!」
教師は笑いながら言う。
これから1時間目は、慣れるために意図的に隣と話すことを促される。
でも気付けば1時間、俺たちは二人だけで話して終わっていた。
2時間目以降は基本的には普通の授業。
先が思いやられるスタートだった。
——————
「これじゃダメだ!」
昼休み、近くの公園のベンチで美玖は項垂れた。
「こんなもんだろ。」
「ダメだよ!もっといろんな人と話さなくちゃ!」
「なんで。」
「学校を私たちの居場所にしないと。」
「そう言うお前も、話しかけられないじゃん。」
「私は……。」
「なんて話しかけたらいいのか……。」
やっぱり自分から行くのは無理なんだろう。
「まあ、気長に行こうぜ。」
「うーん。このままじゃ余計話しかけづらくなりそう。」
「私たち二人でいること多いし。」
「じゃあ、少し離れるか。」
「それは違和感を持たれちゃうよ。」
「もうイメージついちゃってるだろうし。」
こういうところが鋭いからきついんだろうな。
俺たちは。
「はあ。どうしよう。」
『お前ならできるだろ。』
『友達を作ることも、クラス自体をまとめることも。』
それじゃ意味ねえんだよ。
『美玖が可哀想だろ。』
でもそれをやったら美玖を苦しめる。
『じゃあ今のお前に何ができる?』
……。
『やりたいと思えば正しくなくてもいいんじゃなかったのか。』
やりたくないんだよ。
美玖は静かにサンドイッチを食べている。
かける言葉が見つからない。
———「あっ。」
美玖は驚いたように声を上げた。
「いい案でも浮かんだか。」
「違うよ!あれ!」
そこにはギターケースを背負って、校舎へ入っていく男がいた。




