2話 違う
宗介はうずくまって泣いていた。
泣く時はいつもこうだった。
「何があった?」
「母さんと揉めた。」
答えは知っていた。
でもあともう一人。
「あの人は。母さんの彼氏。」
「彼氏は大丈夫。」
ここでやっとホッとできた。
「なんで揉めたん。」
親父は相変わらず、タバコを吸いながら聞いている。
「向こうが勝手にキレてきたけん、キレ返した。」
こいつは説明が下手だ。
「それじゃわからんやん。」
「うーん。キャッチャーしろってうるさくて。」
「キャッチャー?」
親父も首を捻っていた。
「監督が俺をキャプテンにしたいらしい。」
「いいじゃん。評価されてるってことやろ。」
「でもキャプテンはキャッチャー固定なんだって。」
「なんじゃ。そのルール。」
「やろ!監督がそう決めてるんよ!」
宗介の声が大きくなる。
「それで母さんがやれってうるさくて。」
「俺はピッチャーしたいって言いよるのに。」
宗介がピッチャーに憧れて野球を始めたことは、母も知っているはず。
相変わらずだ。
「もうウチ来いよ。」
あそこに居て良いことなんてない。
「うーん。でも友達もおるし、今はあそこで頑張りたい。」
宗介は自分の意思をしっかり持っていた。
親父の気持ちが少しだけわかった。
「じゃあどうする。」
親父がタバコを吸い終わって聞く。
「今日は泊まろうかな。」
「明日、帰るよ。」
「わかった。」
「じゃあ俺の部屋に布団敷くよ。」
「ありがとう。」
宗介はその後、意外とケロリとしておりもう気にしていない感じだった。
このさっぱりしたところは、たまに羨ましくなる。
最近、宗介に親父の影を見る。
——————
電気を消した暗い部屋は、秒針だけを響かせる。
それでも、2人なら苦しくない。
「ごめんな。」
「何が。」
「俺がこっちきて、お前に負担がいっとるやろ。」
「そうでもないよ。」
宗介は飄々としていた。
昔の面影はアップデートしなきゃいけないのかもしれない。
「母さんはどう?」
「にいちゃんがこっち行ってからちょっと落ち着いたよ。」
「そうなのか。」
「やっぱり反省したんだと思う。」
「にいちゃんに酷かったもん。」
「そうか。」
「あと俺、野球の自主練あるし、あんま関わらないし。」
「母さんは、にいちゃん好きだったから。」
宗介は上手い距離感を築いているらしい。
「お前はすごいな。」
素直に言葉が出た。
「そんなことないよ。」
「にいちゃんみたいにはできないだけ。」
「でも俺はお前が羨ましいよ。」
「うーん。にいちゃんの方がすごいと思うけどな。」
まだ尊敬してくれてるだけありがたかった。
「色々心配かけたしな。」
宗介は1ヶ月に一回うちに来ていた。
俺の沈み方を知っている。
それでも何も言わずにいてくれた。
兄がああなっていたら、どう思うだろう。
「なんか元気になった?」
「元気かはわかんないけど、やりたいことはわかった。」
「やりたいこと?」
「音楽。」
「そっか。よかったね。」
———ピロン。
美玖からのLINEだった。
「大洋くん?」
「いや、女の子。」
少しだけ間が空いた。
「彼女いたんだ。」
顔は見えないが、驚いているのがわかった。
「彼女じゃないけど、今度お前にも紹介するよ。」
「楽しみにしとく。」
その後も他愛もない話を繰り返したが、宗介の声はだんだん小さくなっていった。
美玖にLINEを返す。
「ごめん。弟が来てて。」
「弟君?会いたい!」
「今度紹介するよ。」
「じゃあ今日は家族水入らずだしお邪魔だね。」
「もう寝たからいいよ。」
「じゃあちょっとだけ電話しよ。」
俺もなんか話をしたい気分だった。
「もしもし。」
「もしもし。」
なぜか美玖も小声だ。
「お前は小声じゃなくて良いだろ。」
「あっ。そっか。」
「ごめんね。遅いのに。」
「いいよ。俺もなんか話したかったし。」
「えっ。意外。」
イジるトーン。
「うるせえよ。」
「どうしたの?」
「なんか弟が知らん間に大人になっててさ。」
「月一じゃしょうがないんじゃない。」
「置いていかれてるような気がして。」
「そんなことないでしょ。」
いや、取り繕ったらダメだ。
「弟が親父に似てきてて、俺より家で上手くやってて。」
「なんか劣等感がさ。」
「なんでそんなふうに思うの?」
少し怒ってるような言い方だった。
「親父や弟は自分の意思をしっかり持ってて、俺みたいに周りを気にすることが少ないっていうか。」
話してみると、少しだけ整理できた。
「蓮介も音楽やるっていってるし、周りを見れることが蓮介の長所でしょ。」
「でも……。」
「私は蓮介に助けてもらって、今生きてる。」
「私が好きなのは、蓮介だよ。」
ありがたいけど、全て受け入れることはできなかった。
「ありがとな。」
「蓮介のはないものねだりだよ。」
美玖は続ける。
「人に良いとか悪いとかない。」
「それぞれ性格があるだけ。」
「何度も言うけど私は蓮介がいい。」
真っ直ぐな美玖の気持ちに、受け入れられなくても言葉は信じようと思った。
「ふっ。」
「なんで笑ったの。」
美玖は膨れている。
「やっぱ敵わねえよ。お前には。」
「何が。」
「まだ受け入れらんねえけど、美玖を信じることにするよ。」
「うーん。受け入れられないのは不服だけど、よし!許す!」
お許しが出た。
「ありがとな。やっぱ好きだわ。」
不意に出てしまった。
「えっ。」
美玖は押しは強いが自分が言われると弱いらしい。
「おやすみ。」
恥ずかしくて、言うだけ言って切った。
俺は俺。
ありのままで。
自分らしく。
数々ある言葉が開き直りに聞こえる俺は、いつか自分を受け入れられるのだろうか。
——————
「じゃあまたね。」
宗介は、小さい荷物を持って玄関に立つ。
いつも通り大量の米とお小遣い。
「俺も行くよ。」
「にいちゃんも?」
「いけると?」
「行くぐらい大丈夫さ。」
俺はこっちに来てから、家での見送りのみで車には乗らなかった。
元の家に行って心が揺れるのが怖かった。
「行くのか?」
親父は再度確認する。
「うん。大丈夫。」
戦地に赴く兵士を送る家族は、こういう気持ちだったのかな。
兎にも角にも兄として。
同じ苦しみを知るものとして。
その場所へ帰るのを見届けることは責任だと思った。
車は走る。
平静を装っていても、心臓の音がうるさい。
カーテン越しに灯りが見える。
宗介は大きく手を振り、玄関へと消えていった。
その姿を見て、寒気がした。
そして宗介を怖いと思った。




