4話 一巻の終わり
「昨日?」
「うん。」
ネクタイを外しながら親父は俺を見る。
「なんかあったのか。」
「眠たい中、散歩してたから。」
「変じゃなかったかなって。」
言ってて苦しいのがわかる。
「変?」
「なんかフワフワしててさ。」
「夢遊病の相談か。」
心臓がキュッと掴まれた気がした。
「薬の副作用とかならいいんだけど。」
「寝てたから見てないな。」
「それは病院に聞いた方が早いんじゃない。」
そりゃそうだ。
「今度聞いてみるよ。」
『聞けるわけないけどな。』
今回ばかりはコイツが正しい。
俺は部屋へと戻った。
手がかりはやはりゼロ。
眠ることが怖い。
あれだけ渇望した睡眠を自らで拒否した。
——————
なんとか朝は越えた。
徹夜にしては眠気は強くない。
ベランダで深呼吸をする。
朝の新鮮な空気は心の緊張感を解く。
朝10時。
第一波。
エナジードリンクをがぶ飲みして、無理に身体を動かす。
傍から見たらクスリがキマッた奴の動き。
ギターを弾くが集中力より、眠気が先に来る。
バラードでも弾いたら、一発だろうな。
いつもベッドの上で感じる眠気は、起きていると生活に支障が出る。
できることができない。
でもやらなければ、飲み込まれる。
眠気という波が、恐怖を従えて俺に押し寄せる。
なんとかして夜を迎えた。
———
「蓮介また死んだな!」
親父が笑う。
「ごめんて。」
「気合いが足らんなー」
哲也くんがイジる。
「哲也くんもさっき死んだやん。」
「いや。蓮介、今日は死に過ぎよ。」
理由は言えなかった。
東京の哲也くんを含めてオンラインで声を繋げてモンハン。
眠気覚ましにありがたい。
「そういや哲也。」
「ロッソネロはどうなん?」
親父はタバコをふかしながら聞く。
ロッソネロ。
哲也くんの弟の鉄平くんのバンド。
「ぼちぼちよ。ライブやったり。」
「今は、インディーズやっけ?」
「うん。」
「飯食えよるん?」
「メジャーの時のファンもおるけん、バイトとかはしてない。」
「へー。」
俺は意を決して聞いてみる。
「哲也くんはプロになりたかった?」
「ああ。なりたかった。」
「でも弟にすぐ抜かれたけん、やめてやった。」
自分で言って大爆笑している。
「親父は向いてなかったって。」
「俺は単に技術不足やったが、ガクはいけたかもしれんね。」
哲也くんは親父を名前の「学」を音読みでガクと呼ぶ。
「俺は、人前に立つの好かん。」
親父が割って入る。
「確かに、ガクはそうやったなー。」
「懐かしいな。」
「まあ蓮介の父ちゃんは、技術と才能はあったと思うぜ。」
「そっか。」
「哲也は下手やったもんね。」
親父が笑う。
「うるせえよ。ガク。」
「でもバンドは楽しかったな。」
「そうやな。」
2人が輝いて見えた。
「そういや蓮介がギター始めたんよ。」
親父は俺を見ながら言う。
「おお!いいやん!」
興奮したのか哲也くんの音声が乱れる。
「まだバンドは組んでないけどね。」
「曲は作りよるとや?」
「イメージはあるけどまだうまく形にならん。」
「父ちゃんに聞いてみたりしてやってみたらいいやん。」
「やっぱ作るなら自分自身の力で一回、作ってみたいやん?」
「ガクそっくりやな!」
哲也くんは笑う。
「コイツも我が強かったけん。」
「そうか?」
親父はとぼける。
「まあ俺、息子やけんね。」
「だから才能あると思うぜ。」
「歌はうまいやん。」
「まあ頑張る。」
「おう、がんばれ。」
「そういや夏頃にロッソネロがそっちでライブするけん、鉄平に席を用意させとくわ。」
「えっ、観に行けると?」
「お前らが行きたいなら。」
「久々に鉄平に会うか。」
親父も乗り気だ。
「じゃあお願い。」
生きる理由ができた気がした。
「おい。もう2時やけん寝るぞ。」
「あーい。」
哲也くんは通話を切った。
「蓮介、俺寝るけん。」
「うん、おやすみ。」
そう言って俺は部屋を出た。
——————
瞼が勝手に下がる。
必死につねった手の甲は、赤を通り越して青くなってきた。
寝ちゃだめだ……。
それでも、意識は遠のいていく。
———ビクッ。
危なかった。
気を抜けば今すぐにでも、気を失える。
———美玖、今何してるかな。
スマホが鳴る。
「助けて」
見覚えのある3文字だった。
俺はまた自転車を走らせる。
汗はなぜか一切かかなかった。
公園のベンチに美玖が座っている。
「おい、美玖。」
返事がない。
「美玖って!」
俺は美玖の肩を掴む。
「お前の……。」
「えっ……。」
「お前のせいだ!」
———ガバッ。
……はあ、はあ、はあ。
一瞬、寝てしまった。
呼吸が苦しい。
「あんな夢を勘弁してくれよ……。」
一人呟く。
もう身体は限界だった。
俺は眠気に身を預けた。
——————
眼が覚める。
急いで、服を見る。
何も変わっていなかった。
久しぶりに呼吸ができた気がした。
でも、これを毎日続けるわけにはいかない。
———ピロン。
「おはよう!もう起きた?」
美玖からの久しぶりのLINEだった。
「起きてるよ。」
「電話しようよ。」
俺の承諾なく着信が来た。
「おはよう!久しぶり!」
「おはよう。」
「あれ、元気なくない?」
妙に鋭い。
「朝はこんなもんだろ。」
「そうかな。」
「親は?」
「仕事。」
「そっか。」
「連絡遅くなってごめんね。」
「別に。」
「なんか怒ってる?」
「怒ってねえよ。」
「怒ってるじゃん!」
「連絡遅くなったことは謝るって。」
「だから怒ってねえって言ってんだろ!」
声が大きくなる。
「じゃあなんで、こんなに冷たいの。」
声が震えている。
胸が痛む。
「お前、面倒くさいんだよ。」
「毎日連絡したり、押し付けがましいしな。」
「連絡取らなくなって、めちゃくちゃ楽だったわ。」
「本当にそう思ってたの?」
「そうだよ。」
「無理して付き合ってくれてたの?」
「ああ、最悪の気分だった。」
思ってもないことがペラペラと出てくる。
嘘がうまいのが自分でも嫌になる。
「じゃあ、なんで。」
「死なれたら目覚めが悪いからさ。」
「前、言ったろ。」
「私のこと嫌い?」
「ああ、大嫌いだ。」
「お前みたいな面倒なやつ。」
「消えろよ。」
言ってはならないことを言った。
もう終わりだ。
「わかった。ごめん。」
なんでお前が謝るんだ。
やめてくれ。
2人の縁は切れた。
広い部屋に一人。
大声を出したせいか耳に金属音がなる。
俺が泣いてはいけない。
泣く資格なんてない。
イヤホンをつけて違う世界へ。
シャッフルで流れたのはAqua Timezの「真夜中のオーケストラ」。
美玖はもういない。
俺は一人になった。
———死にたい。




