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真空で鳴る音  作者: youkey
崩壊した自己編 5章 未来はこの手で
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1話 俺しかいない

「おーい。こっちだ、こっち。」


心地よいはずの春の陽気も、無駄に多い機材を運ぶには少々、邪魔くさかった。


「アンプはまとめて奥の部屋な。」


康成は的確に物の配置を指示していく。


「重いけん、一回置くぞー。」


「ガタイいいんだから一回で持ってけよ。」


楓は額の汗を、腕で拭きながら言う。


「ガタイは良くても、重いのは重いんだよ。」


タオルを頭に巻いて、ロロノア・ゾロのスタイルで気合を入れる。


「一人だけ運転してねえんだから、ここで頑張んねえとな。」


類は笑いながら、自分のドラムセットをせっせと運ぶ。


「お前、余裕そうだな。」


「ドラムは軽いからな。」


「軽いか?」


楓は類のドラムを持つ。


「ああ、確かに。」


「中空洞だもんな。」


そう言って康成はベースバッグを持ちながら横を通り過ぎる。


「じゃあ俺、次は太鼓持ちで。」


「お前はアンプ。働け。」


類は意地悪そうに笑った。


「へいへい。」



———



「あー。疲れた。」

「何もしたくねー。」


俺は大の字で寝転ぶ。


「バテんの早え。」


楓はビールを飲みながらくつろいでいる。


「着いて早々、ちゃんちきかよ。」


「しゃーねえだろ。こっちは運転するから3日禁酒だ。」


「じゃあさぞかしうめえか?」


「最高。」


今年二十歳になるとは思えないほどロング缶が似合う。


「蓮はいつ入居だっけ?」


「明日だな。」


ベランダで類はキャスターをふかしている。


「蓮介もここに住めばいいのに。」


「それは家賃が安くなるからだろ?」


「バレたか。」


類はたばこを噛み歯を見せる。


「でも実際、4人で住んだ方が音は合わせやすいよな。」


楓は飲み終えたロング缶を灰皿がわりに、パーラメントを吸っている。


「プライベートな時間がいるんだよ。」


「お前、美玖ちゃんいるから連れ込めねえじゃん。」


楓は不思議そうに言う。


「そう言う事じゃねえよ。」


「みんながみんな、楓みたいに女好きじゃないよ。」


そう言って統一感のない4つのコップに麦茶を入れて康成がやってきた。


オカンか。コイツは。


「おお、サンキュー。」


類は網戸を閉めて中に入って来る。


おぼんを囲んで4人で輪になって座る。


「蓮は、一人の世界で考える時間がいるんだ。」

「知ってるだろ?」


康成が楓を見ながら言う。


「繊細な奴だな。」


楓はパーラメントの吸い殻をロング缶に捨てる。


「うるせえよ。」

「その缶ちょうだい。」


俺はマルボロに火をつける。


「だからこそああいう詩が書けるんだろうな。」


「いいこと言うね、類。」


「だろ?」


「そういや蓮、美玖ちゃんに着いたってLINEした?」


心配そうに康成が言った。


「やっぱ、オカンだなお前。」


「やっぱ?」


「こっちの話だ。」


俺は出発前の約束を思い出す。


「美玖ちゃんともう3年だろ?」


類は麦茶を飲みながら聞く。


「ちゃんと付き合ったのは先月だよ。」


「付き合ってたようなもんだろ。」


楓は呆れているようだ。


「お前らとも3年だ。」


今思えば、美玖との出会いが全ての始まりだった。


——————



———ピロンッ。


「……。」


———ピロンッ。ピロンッ。


「……うるせえな。」


———ピロンッ。ピロンッ。ピロンッ。


「あーわかったって!」


ギターをスタンドに置き、要求通りに通話ボタンを押す。


「何だよ。」


「今、何してた?」


「気持ちよくギター弾いてたのに、台無しにされた。」


「ごめんって。」


「で、何か用?」


「なんか声、聞きたくなって……。」


「じゃあ聞けたから切るぞ。」


「待って……!」


———ブチッ。


女子の「なんか声が聞きたい」という萌え台詞は、俺には合わなかった。


『お前、あいつの何がいいんだ。』


珍しくコイツと意見が合う。


別に何もよくない。


『付き合うんだろ。』


付き合わない。


『3年後って約束だっただろ。』


向こうが勝手に言っただけだ。


『これじゃ3年経つ前に終わりそうだな。』


でも、それではダメだった。


前途多難だよ。


中谷美玖。


俺たちはお互いの命を預け合っている。


約束ではなく呪いだった。


———LINE交換するんじゃなかった。


後悔しても遅かった。


約束はした。

ただ、すぐに馴れ合うつもりはなかった。


それでも彼女の希望は、LINEでの毎日の情報交換だった。


面倒なので断りたかったが、流れでOKしてしまった。


本人は、交換日記と喜んでいたが……。


———まあいっても、1日の終わりにあったことを送る程度か。


そんな予想は初日で消えた。


気付けば俺のスマホは大忙し。


『お前も律儀に返すからな。』


性格上しょうがない。


そして2日目の今日は通話をしたいと言って聞かなかった。


———ピロピロピロ。


スマホがテーブルの上で踊っている。


「はい。」


「急に切るなんて酷いじゃーん。」


「だって今日のことは大体メッセージで聞いたし。」


「やっぱ話したいじゃん!」


美玖は明るい。


「こうやって誰かと話すの楽しいんだもん!」


元来お喋りそうな彼女が、親や学校での問題によりそれができなかったと思うと、少し胸が痛んだ。


「わかった。ちゃんと出るから。既読つかないからって追いLINEは止めろ。」


『甘いやつ。』


うるせえな。


「そういや、親は帰って来た?」


「ううん。まだ。」


「怖いだろうが、母親とちゃんと話せよ。」


「わかってるよ。そこが解決しないとどうにもならないし。」


「もし、何かあったら連絡しろよ。チャリかっ飛ばすから。」


「優しいね。」


「別に。後で聞かされても目覚めが悪いだけだよ。」


もらった言葉をうまく受け入れられなかった。


「そっか。」


「そうだよ。」


「でも心強いよ。一人じゃ心細いから。」


———


気持ちは、分かりすぎるほどに分かる。


俺が美玖を気にかけてしまうのは、内容はどうであれ母親との問題を抱えているからだ。


親と戦うことの辛さは、誰より分かると自負がある。


そのために、彼女と巡り会ったのかもしれない。


気付けば、彼女のことばかり考えていた。


大人は誰も助けない。


なら俺しかいない。


正直、自分のことで精一杯だし、面倒ごとはごめんだ。


でも放っておけなかった。




———





「蓮介、話聞いてた?」


「悪い。ぼーっとしてた。」


「もう。」


通話越しだが、彼女なら頬を膨らましていそうだった。


「蓮介と一緒の学校に行きたいって話。」


「無理だろ。通信って高いらしいぞ。」


親父は特に何も言わずに一括で払っていたが、私立より高いようだ。


「でも今の学校はもう行きたくない。」


「それはそうだろうな。」

「まあそれも母親と話ができてからじゃないか?」


「まあそうだけどね。」


美玖は、明るい未来を見たいのだ。


今が地獄だからこそ、明るい未来を。


でも俺は、その前に越えなきゃいけない壁の方が気になる。


地獄の中で過ごして来た俺は、最悪からの逆算が癖になっていた。


希望より先に、失う時のことを考えてしまう。

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