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真空で鳴る音  作者: youkey
崩壊した自己編 4章 定住する矛盾
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6話 イカれてる

左手にあるザラザラとした感触。


立ち上がる。


左側に感じる重さは、俺の人生より軽い。


そのまま右を前にして走り出す。


「危ない!」


仲間の声に反応して、大男は振り返る。


咄嗟に頭を腕で守る。


俺は思い切り左腕を振り下ろす。


———ゴツッ。


湿った鈍い音が響く。


「あ゛あ゛あ゛あ゛」


まるで動物のようだった。


気づくと俺は馬乗りになっていた。


ガードをする腕は血が滲み、守り切るには拙い。


拳が赤く染まって行く。


「やめろ!」


その声が耳に入った時には、俺は連中の一人と地面を転がっていた。


その隙に、仲間が大男を肩から抱え連れ出す。


大男の左腕はただ力無く垂れていた。


「ま、待てよ。」


やっと出会えた、強敵。


「もういいだろ!」


俺と同時に立ち上がった連中の一人は泣きそうな声で言った。


「俺は……ただ……。」


その瞬間、痛みが全身を襲った。


興奮が冷めたのがわかった。


俺は膝をつく。


「お前、イカれてるよ!」


大男は涙と唾を飛ばしながら俺に吐き捨てた。


そこに俺を追い詰めたあの姿はなかった。


連中は俺を睨みつけながら去っていった。


その言葉が頭を離れなかった。


……イカれてる。



——————



脇腹はまだ心臓のリズムで痛む。

すぐに公園を去った俺は、トボトボと家を目指した。


『とうとうイっちまったな。』


うるせえ。


『あいつも言ってたろ、イカれてるよお前。』


だからうるせえって。


『もう戻れないな。』

『アイツらの誰かが通報でもすれば終わりだ。』


急に頭が冷えた。


……そうか。

そうだな……。


———それでもいいか。


『お前みたいなのは、そっちの方がいい。』

『せいぜい、残りの自由を楽しめよ。』


俺は、玄関のドアをそっと開けた。

寝静まった家の中で、ズキズキと痛みだけが響く。


洗面所で手についた血を念入りに落とした。


「ひでえ、顔。」


ケンカでしっかり負けたことは、顔を見れば明らかだった。


ボロボロの身体でベッドに倒れ込む。

いつもなら軽いまぶたは重く、すぐに意識を失った。



——————



気づくと開けっ放しの網戸から、活気のある声が聞こえる。

まだしっかりと身体が痛む。


顔の傷が治るまで、どれだけかかるかな。

今、会ったらバレてしまう。


まあ警察が来たら、それで終わるけど。


怖いな。


『自分がやったことだろ。』


分かってるよ。


『捕まるのがそんなに怖いか。』


いや、これで将来が消えることが怖い。


死ねもせず、未来をなくし、それでも生きていく。


それがどうしようもなく怖いよ。


『死ねないことはもう分かったか。』


ああ。痛いほどね。


自分で死ねないからって、人に委ねてもどうにもならなかった。


『八方塞がりだな。』


お前は俺なんだろ。


お前にやるからさ。


好きにしていいよ。


『残念だが、そりゃ無理だな。』

『俺はお前だが、お前も俺も消えない。』


そうか。


残念だ。


『これからどうする。』


どうもしない。


顔の傷が治るまでは、寝てるよ。


『眠れるのか。』


なんかすごく眠いんだ。


おやすみ。



——————



それから2週間、ドアの前に置かれた食事を取り、全員が寝静まったら風呂に入るという生活。


会話もドア越し、独房とそう変わらない。


鏡で顔を見る。


「もう大丈夫か。」


口元の傷は違和感がないくらいに消えていた。


「ふうっ。」


大きく息を吸う。

外の空気を吸うのは久しぶりだった。


イヤホンを挿していつも通り散歩をする。


もう喧嘩は懲り懲りだ。


ただ持て余したフラストレーションは、傷の治りと比例して強くなっていった。


誰もいない公園のベンチに座る。


『命拾いしたな。』


この2週間、警察が来ることはなかった。


『未来は守られたのか。』


守られたところで、どこに進めばいいかわからないよ。


『振り出しに戻ったな。』


そうだな。

もう何も考えたくない。


流れる曲は、右から左へ。

でも何もないよりマシだった。


———「あははは!」


公園に男女数人のグループが入ってきた。

今日はお呼びじゃない。


一人の女子が髪を引っ張られている。


『ヤンキーでもあるんだな。』


そうだな。


「おい。ヤリマン。」


「離れろよ。性病うつるだろ。」


女子の間をピンポン玉のように回される。

散々な言われようだ。


「やめて!お願い!」


叫び声が大きくなる度、攻撃が増していく。


男達は、笑って見ている。


一人の女子が、蹴り飛ばす。


木の枝のような身体は簡単に吹き飛んだ。


髪を掴まれたまま泣く顔が、妙に目についた。




———ガシッ。





気づいたら、その手を掴んでいた。


「何だよお前!」


甲高い声が耳に刺さる。


「やめろ。目障りだ。」


そう睨みつけると女は手を離した。


「何だテメエ!」


後ろから男達がワラワラと出てくる。


———そうなるよな。

本当は関わりたくなかった。


「失せろよ。殺すぞ。」


俺はそう告げる。

心からの願いだった。


「調子に乗んなよ!」


男達が一斉にこちらへ向かってくる。


スイッチは簡単に入った。


一人殴る。


もう一人蹴り飛ばす。


三人目は近寄ろうとして足を止めた。


誰も近寄らない。


「「お前、イカれてるよ!」」


その顔と声が頭をよぎる。


それでも口角は上がっていた。


「なんだよコイツ。」


負け犬はすぐに去っていった。



———『何やってんだお前。』


アイツが話しかけてくる。


知るかよ。


『今更、正義の味方か。』


別にそんなつもりはねえよ。


『じゃあなんだ。』


放っておけなかっただけ。


そういうとアイツは何も言わなかった。


「はあ。」


ため息をついて公園を出ようとすると腕を掴まれた。


「待ってください!」


突然の事に、驚いたが平静を装う。


「何だよ。」


「一人にしないでください!」


声が震えていた。


今にも消えてしまいそうなくらいに。


「俺には関係ねえだろ。」


「お願いです!」


言葉が通じなかった。


「分かったから、手を離せ。」


そう言うと意外にも簡単に手を離した。


ここで走って逃げればいいが、俺にはできなかった。


二人でベンチに座る。


「あの……さっきはありがとうございました。」


「……。」


俺に会話をする気はない。


「なんで、助けてくれたんですか。」


「……。」


「意味とかないですよね。」


「……でも、嬉しかったです。」


「……。」


「この辺の人なんですか?」


「……。」


「私は向こうの山のほうに住んでて……。」


それでも彼女はめげなかった。


それに負けて口を開いた。


「お前、何でアイツらといたの?」


その瞬間、彼女の表情は一気に明るくなった。


たった数時間。


でも、その出会いだけは消えなかった。

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