5話 コンクリのブロック
「もしもし、久しぶり!」
「うっちゃん元気に……」
「照井が死んだって本当か!?」
元木の言葉を遮って聞いた。
「……あ。……うん。」
元木のトーンは明らかに暗くなる。
「事故ってなんの?」
「バイク。」
「山でスピード出してたらしくて、カーブで曲がれなかったらしい。」
「……嘘だろ。」
「ガードレールにぶつかって即死だったって。」
———何やってんだよ、あのバカ。
「葬式とかは?」
「家族だけでやったらしい。」
「急だったから。」
何も考えず出た葬式という言葉に、頭は冷静なことに気づいた。
「墓とかって知ってる?」
「知ってるよ。この前家族で行った。」
隣の家の幼馴染が死んだとなれば、家族で墓参りぐらいするか。
「教えてくれないか。」
「いいけど、照井の両親に確認してもいい?」
「ああ。よろしく頼む。」
俺はすぐに電話を切った。
クラス会を早めに抜けたし、元木が起きていてよかった。
部屋は静かだった。
———人間は簡単に死ぬんだな。
『自分だったらよかったって、思ってるだろう。』
別に……。
死者を羨むなんて、これほどの冒涜はないだろう。
でも、俺が代わりたい。
そう思ってしまった。
前に進もうとした照井。
過去に囚われ進めない俺。
神様なんていない。
そんなことは何度も思った。
でも、神様を恨んだのは初めてだ。
折り返しはすぐに来た。
「いいって。あとでLINEで送っとくから。」
「そうか、頼む。」
「アイツの親は何か言ってた?」
「特に何も。」
「何で?」
「いや、別に何でもない。」
そう言って電話を切った。
特に何も。
そういう親だったんだな、照井。
——————
次の日は、雨だった。
雷も風もない。
ただ暗い雲から傘を悩むぐらいの雨粒。
ただでさえ暗い心が、より暗くなる天気だった。
照井と書かれた墓石。
大きく輝いて見えた背中は、冷たく固い悲壮感漂うものに変わっていた。
無造作に置かれた、お茶のペットボトルだけのお供物が妙に寂しい。
俺はウィンストンのキャスターの一ミリに火をつける。
「やっぱマズいじゃねえか。」
「線香なんてガラじゃねえだろ。」
「だから買ったけど、やっぱ俺には合わんわ。」
「残りはやるよ。」
ボックスをペットボトルの隣に置く。
「早く吸わねえと湿気るからな。」
墓石を左手で触る。
———ダメだ。
「何やってんだよ!」
「やっと自由になれるんじゃなかったのかよ!」
雨の音だけが、耳に残る。
「ツーリング行くんじゃなかったのかよ!」
「まだ、俺免許も取ってねえのに。」
雨粒よりも大きい涙が頬を伝った。
「何でお前が先なんだよ。」
「俺だろ。普通。」
口にした瞬間、自分でも嫌になった。
どんなに呼びかけても、何も聞こえなかった。
墓石を殴りたくなった。
でも殴れなかった。
「俺はどうしたらいいんだよ。」
誰もいない墓石場は、天国へは連れていってくれなかった。
——————
あれから、手首には傷ができた。
丸い火傷の跡と、ケロイドに変わってきた切り傷。
どれも痛みを感じなかった。
二週間分の薬は十分も経たずに胃の中で泡になった。
一日3回トイレの便器を抱きしめ、髪は脂まみれになった。
朝に寝て、昼過ぎに起きる。
まるでドラキュラだ。
夜中、静かに家を出て、散歩と称した物色。
「あ、あいつらにしよう。」
いかにもガラの悪い3人組が屯っていた。
相手は誰だっていい。
殺したいし、殺されたい。
喧嘩。
いや違う。
殺し合いをしているつもりだった。
ただ、殴って殴られてその時だけは、生きていると実感できた。
それでも笑顔の俺と対照的に、引き攣った表情で奴らは逃げていった。
一人残されて空を見上げているとアイツが俺に言う。
『いくところまで行ったな。』
うるせえよ。
『自傷行為だ。』
その通りかもしれない。
体に残った感触が、気持ち悪くてしょうがなかった。
イヤホンを差しRANCIDの「…And Out Come The Wolves」をシャッフルする。
昔、照井に焼いてやったアルバム。
曲調とは裏腹に涙が止まらない。
もう朝日が登ろうとしていた。
俺は一人家に帰り、カーテンを閉めた。
——————
いつもの如く、月は登り、街にも静けさが訪れる。
俺は一人で歩き回る。
俺を殺してくれる奴を探して。
たどり着いた公園で男女が騒いでいる。
———いいのみっけ。
「おい、お前ら俺を殺してくれないか。」
「はあ?」
「やば。こいつ。」
全員笑っている。
「笑ってねえでさ。早くしてくれ。」
「じゃないと俺がお前ら殺すから。」
相手の目つきが一発で変わる。
「調子こいてんじゃねえぞ。」
周りの奴らが騒ぎ出す。
「やめろ。」
一番奥にいた、俺と同じぐらいのガタイのやつが出てきた。
静寂が訪れる。
「お前が俺を殺してくれるのか。」
「お前なんか相手しねえよ。」
「何だ怖いのか。」
俺は笑いながら煽る。
「言ってろよ。」
「いくぞ!お前ら。」
そいつは周りを引き連れて、公園を出ようとする。
「待てよ!」
後ろからドロップキックを入れる。
吹き飛んだ大男は、植木に突っ込む。
「テメエ!」
周りの奴らが、一斉にこちらに殺意を向ける。
———そうだ。それでいい。
「待て。」
大男は立ち上がって言った。
「俺が相手する。お前ら手出すな。」
周りは頷き後ろへ下がる。
今までに会ったことのないタイプの不良だった。
対峙した瞬間、こいつが格闘技をやっているのは分かった。
構えからくる威圧感は、かじっている程度の奴なら散々潰してきた俺でも、やばいと感じるものだった。
走り出しそいつの顔面目掛けて左拳を出す。
しかしそれは、いとも簡単に弾かれてカウンターを喰らう。
月が綺麗に見える。
「口だけだな。」
そいつは、上から見下ろしながら言う。
———ハッハッハッ。
笑いが止まらない。
最高の気分だった。
俺は立ち上がってなりふり構わず突っ込む。
腰を掴もうとするも左側からの衝撃でよろける。
それでも掴み掛かり、仰向けに倒し馬乗りになる。
思いっきり拳を叩きつけるが、そいつは腕を顔から離さない。
「邪魔だ。」
両腕を掴み、どかそうとすると右の脚から回られて形勢逆転。
俺は同じように、腕で顔を守る。
そいつは知っていたかのように脇腹を殴る。
唾が飛んだ。
俺は空いていた左腕を掴み、思いっきり噛みつく。
「痛ってえ!」
そいつは慌てて俺から離れる。
「テメエ。」
怒りの表情に思わず、頬が緩む。
「覚悟しろよ。」
そいつは的確に俺のガードの隙をつき、全身を殴打してくる。
激痛。
生きている。
そう思った。
何もできずに潰される。
それがたまらなく心地よかった。
俺、また月を見上げていた。
「こんだけやったら分かっただろう。」
そいつはそう言って汚れた上着を脱ぎ背を向ける。
———待てよ。これじゃ死ねえじゃん。
俺はすぐそばにあったコンクリのブロックを手に取った。




