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真空で鳴る音  作者: youkey
崩壊した自己編 4章 定住する矛盾
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3話 痛む拳

鈍い音と共に男が頭を抱えてもがく。


俺は、強く握り締めた拳を背後から振り下ろしていた。


「何すんだテメエ!」


仲間が叫んでいるのが聞こえた。


そんなのどうでもよかった。

目の前のコイツが許せなかった。

母親だけは、駄目だった。


「殺す!!!!!」


俺はそう叫んで何度も男を蹴った。


仲間のパンチが俺の右頬を捉える。


だが、軽い。


「邪魔だ!!!!!」


近くにいた奴の髪を掴んで振り回す。


軽かった。


指に何かが絡む。


髪の毛だった。


「テメェ!」


右から拳が飛んでくる。


反射的に殴り返す。


顔に当たった感触。


その瞬間には、もう左拳が痛んでいた。


———バンッ。


脇腹に衝撃。


誰かに蹴られた。


でも、痛くない。


振り向く。


目が合った瞬間、そいつの顔が引きつった。


気づけば胸ぐらを掴んでいた。


そのまま力任せに投げる。


地面に叩きつけられる音。


誰が何を叫んでるのか、もうわからない。


視界の端で、さっきの男が起き上がろうとしていた。


俺は前蹴りで顔面ごと蹴り倒す。


「お前に俺の何がわかる!」


倒れた男を何度も蹴る。


靴の先に何か柔らかい感触が当たる。


「やめろ!」

「離せ!」


後ろから腕を掴まれる。


振り払う。


拳を振る。


何発当たったのかもわからない。


ただ、近づいてくる奴を滅茶苦茶に殴った。


気づけば、誰も前に出てこなくなっていた。


「逃げるぞ!」


その声で、全員が一斉に背を向ける。





ハハッ。

ハハハッ!ッハハハハハッ!ッハハハッハハハッ!


笑い声だけが公園に響いた。



——————



左拳が痛い。

左足も。


やり慣れないことをして、痛める。

誰かにやられたわけではない痛み。


両頬。

これは誰かに与えられた痛み。


どっちにしても、気持ちよかった。


心の奥に溜まっていた、ドス黒い何かがスーッと消えていく。


『とうとうやったな。』


笑っているのがわかる。


もうなんだっていいよ。


『それでいい。』


それだけ言って、アイツは消えていった。


口から血の味がする。


傷口を、舐める。


しょっぱい。



——————



気づかれないように、ドアをそっと開ける。


鏡を見ると外からわかるものはない。


よかった。


『今更だな。』


流石にこれで、精神病棟入れられるのは勘弁してほしい。


『ブタ箱はハナからないのか。』


正当防衛だ。


『よく言う。』


ベッドに飛び込む。


天井を見上げていると、また笑いそうになって口を噤む。


久しぶりに、気持ちよく眠れた。


———


起きたら鈍痛がある。


左拳。


昨日のことが夢ではないと実感しつつ、手を握ってはひらく。


手首も痛いのは、殴るのが下手だからなのか。


『最高だったな。』


やったのは、お前か?


『人のせいにすんな。』

『お前がやったんだろ。』


アイツは的確に、俺のことをついてくる。


昨日のことを思い出すたび、胃が重くなる。

それなのに、もう一回やりたいと思っている。


『でも怒りは消えた。だろ?』


それが本当に、失望する。


『これを知って、お前は今まで通りにいれるか。』


「……。」


何も返せない。


高揚感の残響は心に引っかかっていた。


タバコを吸う。


戻れないとこまで来てしまった気がする。

今なら戻れる。

その気持ちはタバコの煙と共に空へ消えていった。


それから数日間、この半年が嘘のように、晴れやかな時間を過ごした。

眠れるし、何も出来ないことへの苦痛はあった事さえ忘れるほどに。


それでも、怒りというエネルギーはどんどんと溜まっていく。


睡眠の質は悪化していき、何も出来ない苦痛が、また俺を蝕み始めた。


「……。」


夜中、静かにドアを開けて外へ。


静かな夜の公園。


今日は誰一人おらず、虫の声だけがこだまする。


ベンチに座ってイヤホンをつける。

何も聞こえない。


『どうせ、期待してるんだろ。』


何をだ。


『この前みたいに、発散するタイミングを。』


うるさい。


否定はできない。


ベンチから立ち上がり別の公園へ移動する。


地元に比べて田舎のここでは、深夜歩けばヤンキーに当たる。


数人で屯する公園にわざわざ入って行き、ベンチに腰を下ろした。

「お前らなんて眼中にねえよ。」そんな顔つきで。


『自分からいけよ。情けないやつ。』


うるさい。


自分から喧嘩を仕掛けるなんて、元真面目の俺には無理だった。


イヤホンからThe Blue Heartsの「TRAIN-TRAIN」が聞こえる。

今にも暴れ出しそうだった。


俺は、見透かしたような目でヤンキー達を見ていた。


「何見てんだ、てめえ!」


釣れた。

『釣れたな。』


「別に、見てないけど。」


バカにしたように冷静に。


「舐めてんのか。」

『きたきた。』


「舐めてねえよ。正当な評価だ。」


「てっめえ!」


「お前らみたいに、群れてつるむしかできない奴らをみるとムカつくんだよ。」


間違っている。

わかっている。

この場で一番ダメなやつ、それは俺だ。


「あー。もしかして、お友達がいないんでちゅか?」


話を聞いていた、相手が煽ってくる。


「友達も親もくだらねえよ。」


「図星だ!僻んでんだ!」


全員で手を叩いて笑う。


「ああ、そんなとこだ。」

「だから、消えろよ。」


もうどうでもよくなった。

どうやったって結果は一緒だから。


左頬に衝撃が走る。

それが始まりだった。


先に手を出したのは向こうだ。

それだけは譲れなかった。


次々に襲いかかってくる奴らをガタイに任せて投げ飛ばす。


一人掴むだけで簡単に動いた。

押し返されない。

誰も真正面から来なくなった。


一人を滅茶苦茶にしていると、周りの動きが止まる。


殴り返してこない。


引き剥がそうとしてくる。


それでも俺は、なりふり構わず殴る蹴るを繰り返す。


殴るたび、頭の中が静かになる。


俺は、足を掴んで外灯の柱に向かって投げる。


———ガーンッ。


鈍い音と金属音が響く。


「い、いくぞ。」


ヤンキー達は逃げ出した。


———あぁぁあ。


思いっきり、叫ぶ。


スカッとする。

初めてこの意味を実感した。


『堕ちたな。』


あぁ?

お前が言ったんだろうが。


『完全に悪者だ。』


うるせえよ。

俺の勝手だろ。


『ああ。お前の勝手だ。』

『でもこれも長くは続かない。』


どうでもいい。

出来なくなったら、もう終わりだ。

死ぬだけさ。


『いい感じにやさぐれたな。』


お前が望んだんだろ。


『望んだのはお前だ。』

『こうなった以上、早めに引き返した方が身のためだな。』


これ以外方法がねえんだよ。


イヤホンをつける。

The Blue Heartsの「終わらない歌」が聞こえる。

”全てのクズども”が妙に胸に刺さる。


俺は、堕ちるとこまで堕ち、終わらない沼にハマっていた。

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