2話 非行
またか。
一人呟く。
中学一年生の時も、こうなった。
高校一年生でもなるとは。
暗い部屋。
閉め切ったカーテン。
時計の秒針だけが響く。
牢屋の方がまだ健康的だ。
『終わったな。』
アイツは笑っている。
もう何も思わない。
『いっそ、好きにやれよ。』
何をだ。
『好き勝手に生きればいい。』
そんな気にもならない。
『このまま、朽ちていけるほど甘くはないぞ。』
それも知っている。
だから苦しい。
———ピロン。
重々しい部屋には馴染まない音。
「そろそろ、会おうぜ!」
クラス会のお知らせ。
ちょうどいい。
「行くよ。」
久しぶりにスマホを打った。
『まだ、しがみつくのか。』
そう言って嘲笑う。
笑ってくれて構わない。
すがれるものがあるだけ。
——————
「久しぶりー!」
新しい場所で落ち着くまでは、会わない。
そういう話だった。
俺は、落ち着いてはないが。
「うっちゃん、今何してるの?」
大丈夫とは聞かない。
みんな知っている。
「つーか、1ヶ月未読無視はないやろー!」
それでも笑ってくれる。
「ごめんて。」
周りに溢れる笑顔。
俺には勿体無いぐらい。
大洋は、別のところにいる。
次の火曜、隼人と3人で会う。
今日は違う。
変に踏み込まない。
でも離れもしない。
昔から、そういう奴らだった。
———「よう。内村。」
より明るくなった髪は高校生とは言い難かった。
「学校辞めたらしいな。」
笑いながら、隣に座る。
「辞めたんじゃねえよ。編入な。」
「同じようなもんだろ。」
二人で笑う。
懐かしい。
「お前はどうだよ。照井。」
「退学になった。」
ドヤ顔。
使い方が間違ってる。
「何やったんだよ。」
「タバコがバレた。」
「おいおい。」
「まあ、しゃーねえな。」
「どこがだよ。」
「今がいいからいいんだよ。」
誇らしげに笑う。
「俺、今働いてんだよ。」
「そうなのか。」
身に纏うオーラ。
自信。
「金だよ。金。」
「元も子もねえな。」
「そんなもんさ。」
照井は笑う。
「金があれば好きにできる。」
「好きに?」
「親を気にしなくていい。」
アイツは俺を真っ直ぐ見る。
その目は輝いていた。
「俺、金貯めて家出るんだよ。」
「来年には、一人暮らしだ。」
立ち上がり、そう言ってアイツは笑った。
俺は立ち上がれなかった。
「そういや、バイク取ったんだよ。」
「お前も取れよ。」
そう言って振り返る。
まだ糸は繋がっていた。
「考えとくよ。」
「2人でツーリング行こうぜ。」
「峠攻めるのとかマジ最高。」
「イニシャルDかよ。」
「ありゃ車だ。」
世代ではない話が繋がる。
「まあ、考えとくよ。」
「おう。」
照井は、やかましいニーハンに乗って帰った。
———バイクか、悪くねえな。
少しの希望と暗い空。
星が輝いて見えた。
——————
「うっちゃん。元気そうでよかった!」
大洋はお預けされていた犬だった。
大袈裟にハイタッチを求める。
気恥ずかしさはあるが、手を合わせた。
隼人は微笑んでそれを見ていた。
「いろいろあったけど、まあなんとかやってるよ。」
嘘。
強がり。
どちらでもある。
「よかった。」
二人の表情が緩む。
「落ち着いたら連絡して。」そのラインが来てもう3ヶ月は経ったか。
余程、心配をかけた。
「学校どう?」
「いや、通信制だからレポートやるだけ。」
「そりゃそうか!」
夜の公園に笑いがこだまする。
「モンハンでもやろうか。」
真面目な話はすぐに終わり、またくだらない話。
言葉より一緒にいることが大事だった。
照井とはまた違う。
家族のような関係。
この数日がなければ、俺はどうなっていただろう。
考えるだけでも怖かった。
——————
この数日、動きすぎた反動が、しっかり身体に現れた。
一週間、睡眠薬も手伝い、屍のように寝ていた。
現実に戻るのは、あっという間だ。
『みんな、先へ進んでる。』
『お前は、いつまで立ち止まるんだ。』
進むこともなければ、下がることもない。
『考えすぎだ。』
『楽になれよ。』
わかっている。
それでも頭が回る。
『答えなんて無いだろ。』
『もう全部投げ捨てればいい。』
俺は親父のタバコをくすねた。
メビウスのロングボックスは、同じくメビウスのインパクトワンへと変わっていた。
10mmから1mmに変わるだけで、ここまで吸いやすいものか。
『気の小さいやつだ。』
否定するつもりはない。
吸っているのか、燻らせているのか。
そんなことはどうでもいい。
タバコに火をつける。
それが大事だ。
『何を偉そうに。』
性分なのだ。
それでも気が晴れるわけはない。
タバコも、ビールも、何も意味がない。
非行に走ることさえ、難しい。
俺の居場所はどこにあるのだろう。
——————
それから数日が経った。
散らかった部屋。
散らかしたのは、俺だった。
目の前にある物を投げて、蹴って、殴って。
『荒れてんな。』
うるさい。
どこにも放出できないエネルギーが、俺の中に溜まり続ける。
怒り。
どれだけ家を散らかそうと、音楽を聴こうと、溜まり続ける怒りを、全ては消化できなかった。
———どうせ今日も寝れない。外へ行って落ち着こう。
深夜一人で公園まで歩いた。
ベンチに座り、音楽を聴く。
『いつまでこんなこと続ける?』
うるさい。
どうにもならねぇんだ。
———ハハッハハハ。
男の笑い声が聞こえる。
「おい、それマジかよ?」
イヤフォンをしていても聞こえる、でかい声。
同い年ぐらいだろうか。
4〜5人で公園に入ってきた。
『うるせえ奴らだ。』
そうだな。
「でさ、そいつ、俺が殴ったら泣き出してさ。」
「ダッセーw」
全員で手を叩いて笑う。
『ヤンキーのお手本みたいな奴らだな。』
「おい、あれ見ろよ。」
コーラの缶を加えたまま、顎で俺を指す。
「なんだアイツ。」
「あれじゃね。家出少年。」
「あーね。」
「声でけえよ。」
一人の男がいう。
「イヤフォンしてるし、聞こえてねえよ。」
『聞こえてるよ、カス。』
心臓の音がやけにうるさい。
「迷子って可能性もあんじゃね?」
「あのデカさで迷子はウケる!」
またバカみたいに、盛り上がっている。
『言わせておけば、好き勝手言いやがって。』
ほっとけよ。
『やっちまおうぜ。』
別に興味ねえよ。
「お家わかりますかー。」
一人があえて聞こえるようにいう。
「やめろってw ビビってるじゃん。」
『ビビるわけねえだろ。』
———ふふっ。
——————
———俺、笑ったのか、今
「おい、何笑ってんだよ!」
威勢よく、男達が近づいて来る。
「何、笑ってんだよ!クソインキャが!」
『クソヤンキーよりましだろ。』
「いや、笑ってないです。」
俺は、上がる口角を必死に抑える。
「笑ってただろうが。」
『はい。笑ってましたが。』
ちょっと黙ってろ。
声を掻き消すように言葉を振り絞る。
「ちょっとラジオ聴いてて。」
イヤフォンを見せる。
「嘘つけ。舐めてんじゃねえぞ。」
———ガンっ。
左頬に衝撃があった。
「あーあ。やっちゃったよ。」
仲間は笑っている。
俺は咄嗟に睨みつける。
「なんだよ!やんのか!」
男は完全にトサカにキテいる。
『やっちまえよ。』
———いや、だめだ。
「いえ、なんでもないです。すみません。」
俺は振り絞った。
「あーあ。つまんね。」
「ザコのくせに歯向かうなよ。」
「ガタイだけ一丁前なのウケるw」
それぞれ罵声を浴びせ、背を向けて去っていく。
『おい、我慢するなよ。』
『仕掛けてきたのはアイツらだ。』
『殺しちまおう。』
頭がアイツの声で一杯になる。
殴った男は中指を立てる。
「家でママの胸でも吸ってろ。」
——————ゴツっ。




