1話 抜け殻
車も人もいない交差点を、一台の車が走り抜ける。
無意味な信号機に赤色が灯ると、規律を重んじる車はピタリと止まった。
些細な振動に、睡眠の質が低い俺の意識は現実に戻される。
「今、どの辺?」
「静岡にやっと入った。」
1日目で広島、2日目で名古屋。
文無し、下道の旅は3日目の始まりを迎えていた。
「助手席で気持ち良さそうだったな。」
康成は、皮肉を言う。
「どうせ、免許ねえし居ても居なくても一緒だろ。」
「”運転手が眠くならないように”とかないのか。」
「眠いん?」
「全く。」
「じゃあいいじゃん。」
類と楓は、後ろでぐっすりだ。
「一人だけ運転できねえんだから、気を使えよ。」
「俺らの間に、そんな気遣いは無用だろ?」
「まあ。今更、気を使われてもキモイけど。」
康成は笑う。
「ほらな。」
「考えて見りゃ3年経つのか。」
あれから3年。
あまりにも濃い、3年間だった。
「3年で、上京なら上出来じゃないですか。リーダー。」
俺は、わざとらしく康成に聞く。
「リーダーはお前だろ。」
「俺はガラじゃねえよ。」
「お前は俺らのまとめ役なんだから、康がリーダーだよ。」
「確かに俺はまとめ役かも知れないが、リーダーはお前。」
「そうか?」
あまりにも自覚が無い。
「みんなお前の曲を聴いて、お前について来てるんだ。」
「つーか、人の意見押し切って、決める奴はリーダーじゃなかったら、クビだ。」
「そりゃ悪い。」
心当たりがあり過ぎて、苦笑いしか出ない。
「まあでも、そんぐらい俺たちは、お前に惹かれたのさ。」
「あら、告白?」
「死ね。」
康成は笑う。
「俺も感謝してるよ。お前らに出会えてから、人生が変わった。」
「これからも、頼むぜ。相棒。」
俺は拳を向ける。
「それは後ろの奴らが起きてる時に、言うべきでは?相棒。」
「アイツらは100%イジってくるからなし。」
拳がぶつかった。
——————
親権の変更の手続きをはじめ、数ヶ月は経ったか。
母親は家庭裁判所への出廷を拒否し、相手不在のまま手続きは行われた。
そのため、かなり時間を要した。
「手続き、終わったよ。」
親父の言葉がきっかけだった。
心にのしかかっていたものがなくなった。
すると何も残らなかった。
何もすることがない。
救われる必要も、自分を救う必要ない。
『お前、音楽したいんじゃなかったのか。』
そうだった。
俺は、ギターを弾く。
日々コツコツと練習を繰り返した。
右手は綺麗なコードの形をとった。
左手のピックで的確に弦を弾く。
初めて鳴らしたあの日より、雑音は減り綺麗な和音を奏でる。
ストローク。
ブリッジミュート。
ピッキングハーモニクス。
ビブラート。チョーキング。
どれも、思うように弾ける。
———あれ。気持ちが入らない。
心の昂りは消え失せ、ただ弦が震えるだけだった。
違和感に気づき、ギターを置く。
部屋の中で、弦の余韻だけが残った。
それも、すぐ消えた。
今日は調子悪いな。
そういって自分を納得させる。
『調子の問題なのか?』
アイツのことは無視を決め込んだ。
それから数日、何度繰り返してもギターは俺の心を鳴らさなかった。
——————
久しぶりに登校する学校には、制服とスーツが並ぶ。
場違いな平日の来客。
「お待ちしておりました。」
かしこまって担任は挨拶をする。
「いえ、こちらこそお時間頂戴いただき、ありがとうございます。」
親父が別人に見えた。
「蓮介くんの今後ですが、どうお考えですか?」
「出席日数的に、留年は免れない状況です。」
目を伏せていた真実は、あっさりと机の上に乗った。
「本人に任せようと思っています。」
いつもの親父だ。
「通信制高校への編入を考えています。」
俺は意を決して話す。
「そうか。それが一番いいかもしれないね。」
担任はほっとしたように見えた。
『お前がいなくなるから、楽になるってよ。』
そうだろうな。
「こちらとしても、いくつかお子さんによさそうな高校を見繕いました。」
机の上でパンフレットを広げる。
「自由」、「君らしく」、そんな耳障りのいい言葉が踊る。
「通信でも、通学スタイルやレポート提出スタイルなど、いろいろありまして……。」
担任は説明をする。
正直、通信制に行く時点で通学なんて考えていなかった。
「このレポート提出のタイプのとこがいいです。」
即決だった。
「では、相手の高校と手続きを始めますので。」
担任はそう言って話し合いは終わった。
「今回は力及ばず、このような形になって申し訳ありませんでした。」
『お前は関係ねえよ。』
担任は親父に頭を下げた。
「いえいえ。家庭の問題だったので。」
親父は軽くあしらった。
「蓮介くんもごめんね。」
『ハナからなんも期待してねえよ。』
「いえ、こちらこそすみませんでした。」
こうして俺は、半年通うことなく学校を去った。
大洋には、また話すとだけラインをした。
——————
一週間も経たないうちに、通信制の学校との面談が決まった。
「君が、内村蓮介くんだね。」
薄水色のベストを着たオネエみたいな教師だ。
表面から優しいですよというオーラを、あえて滲み出させているような。
「うちは2週間に一回レポートを持ってきてくれたら良いから。」
「はい。お願いします。」
「もし通学したくなったら、通学スタイルもあるからね。」
『絶対ならない。』
「はい。考えておきます。」
なんとか俺は、引きこもりのニートになりかけた称号を高校生に繋ぎ止めた。
帰ってからギターを弾く。
もうやることは全て終わった。
なのに気持ちは昂るどころか、減退する一方だった。
俺は何もできなくなった。
1日、ベッドの上から動かない。
2〜3時間、眠れればマシ。
そんな日々だった。
——————
「うつかな。」
主治医はそう言った。
「ゆっくりしなさい。」
それだけだった。
睡眠薬で短時間だけ眠りにはつける。
そう話すと処方箋も何も変わらなかった。
何もできない。
でも、部屋にいると落ち着かない。
心の中が、ザワザワする。
今まで感じた事のないそれは、日に日に増していった。
『イライラしているな。』
イライラ?
何に?
『俺が知るかよ。』
こんなときに限ってアイツは確信をつかない。
時計の秒針が、眠れない俺を責める。
カレンダーが、日々の無駄をカウントする。
部屋に入ればムワッと生温かい空気と、堕落した生活臭が押し寄せて来る。
部屋にいると落ち着かず、眠れない夜中に外へ出ることが増えた。
イヤフォンをしてただひたすら歩く。
公園のベンチに座りただ音楽を聴く。
家にいるよりはマシ。
ただそれだけだった。
音楽を聴いても、何も変わらなかった。
それでも、胸の奥だけが熱かった。




