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真空で鳴る音  作者: youkey
2/6

2話 本物2人、偽物1人

怒鳴り声が飛ぶ。

何かが投げられる音がする。

弟が泣いている。


その真ん中に、俺が立っている。


言葉は頭に入ってこない。

何かが飛んで、落ちる。

それだけを見ている。

音だけが、やけに遠い。


腕が振り上がるのが見える。

次に何が来るかは、もう知っている。


〜I wanna be the minority〜


携帯が震えて、目が覚める。


Green Dayの「Minority」は、静かな音のあと、いきなり世界が壊れる。

耳が引っ張られるみたいに現実へ戻される。


布団の中はまだ少し温かい。

出る理由が見つからない。

そこから抜け出すのが毎朝、面倒だ。


適当に顔を洗って、冷めかけたお茶漬けを流し込む。


「あんたが、早く起きないからよ」


まだ何も言っていない。


「別に、自分でやるけんいいって言いようやん。」


「わかった」と言ったはずの約束は、だいたい消える。


朝は余裕のない母親。

少しでも気に食わないものなら罵声や嫌味が飛んで来る。


「いつまで寝とるとね!あんたは!」


そこまで怒鳴る必要がどこにあるのか。

毎朝、あんな起こされ方をする弟の気がしれない。


俺はまだ買って間もない大きめの制服に袖を通す。


最悪の寝起きを迎えた弟に、声をかける。


「母さん、今日はいつもよりヤバいから早くしな。」


宗介は黙って頷く。


「あー。ムカつく!」


そう言いながら自分のメイクを済ませる。


「アイツらのせいで。」


決まり文句だ。


「親父は関係ないやろ。」


「なんね?」


「人のせいにするなってこと。」


「あんたは父親に似とう!」


これもそう。


父親似の俺にその影を感じた時に出てくる罵倒。


父親に似ているから嫌いと言うことだ。


〜ピンポーン〜


その音は外の世界の入口みたいに響く。

拒否権はない。


「おはよう!」


「じゃあ行こっか。」


俺はまたも大きめに買われた靴を履いて、玄関を開ける。

ドアは毎朝、少しだけ重い。


「全く、寝てる時ぐらい解放しろよ。」


歩き出してすぐ、俺は小さく言う。

誰に向けたでもない言葉。


「隼人、朝練かー」


大洋が言う。

その声に、朝の空気が少しだけ戻る。


「2人で行くの、まだ慣れんね」


俺も返す。

朝の影が、ひとつ減っただけなのに道が広く見える。

小3から一緒にいる。

キッカケは覚えていない。


「今日、山本来るかな」


大洋が嫌そうに言う。


「来んかったらラッキーってことで」


「でも嫌なもんは嫌やん」


「それはそう」


その会話は、どこにでもあるはずのどうでもいい話なのに、なぜか少しだけ本音に近い。


学校に着くと、隼人が先にいる。

俺らより早く起きてるはずなのに、その爽やかさはどこから。


「今日は朝練終わるの早いね。」


「今日はなんか軽めだった。」


大洋の疑問に、隼人はあっさりと答える。

朝から走ってきて、軽めもクソもないだろうに。

陸上部の感覚はわからん。


「宿題終わった?」


大洋の一言で、空気が一瞬だけ揃う。


「終わった」


「マジで?寝てたわー」


あっけらかんと言う隼人に、大洋の望みは消える。


———「宿題って数学の100問プリントのやつ?」


俺は、慌てて会話にはいる。

でも、少しだけ距離がある気がした。


「そそ。あのだるいやつ。」


「うっちゃん終わった?」


大洋が俺を見る。


「当たり前やろ」


嘘じゃないのに、少しだけ軽い。


「うわ、出た!頭いいもんな。」


いや、そういう問題じゃない。


ただ“そういうことにしている”だけだ。


「でも数多いだけやろ」


隼人が言う。


「それな」


俺が返す。


大洋は少しだけ安心した顔をする。

こいつはズルい。

その顔を見ると、こっちも少しだけ安心したふりをする。


「でも誰かやってないやつおるやろ」


大洋がまた言う。


その言葉は、たぶん自分に向けている。


俺は知っている。

こいつは結局、やる。


それでも「やらない可能性」を口に出し続ける。


たぶんその方が、少しだけ楽なんだと思う。


「そういやウッチャン、そのメガネ新しいね。」


隼人が気づく。


「気づかんかった!」


———気づこうぜ。親友。


「日曜に親父に買ってもらった。」


「そういやウッチャンのお父さん、全然会わんね。」

「おじいちゃん、おばあちゃんはよく会うけど。」


———しまった。


「出張ばっかで、家おらんけん。」


「そっか。」


冷や汗がでた。

「周りから変な目で見られるから」

そう言われていた。


家計が厳しいウチは高価なものは大概、父親に買ってもらっていた。


このミス何度目だ。


———「与田来たぞ!」


その声で、3人はバラける。


2人の周りには自然に輪ができる。


俺は教室に入ると、いつも通り明るく振る舞う。


「おはよー」


「今日さ、朝飯がお茶漬けでさー」


どうでもいい話を、少しだけ大きめの声で。


すると周りに人が来る。


自然にできる2人と、作ってる俺。

あいつらはいるだけでいい。俺はいないといけない。


もう考えない。


俺は、自分で集めにいく。

“本物”のふりは、もう慣れている。


——————



「起立、礼。」


俺の号令で給食を迎える。


———まずっ。


元々偏食の俺には、至福の時間とはいかなかった。

居心地の悪さに、トイレへ行くふりをする。

高い声が聞こえる。


「ウッチャン。私も行く。」


———なんで?


連れションは学生の特権にせよ、男女というのは不自然だろう。

少しは周りの目を気にした方がいい。


そんなことは気にせず、高宮は話しかける。


「ウッチャンと学級委員、一緒で良かった!」


「なんで?」


「ウッチャン、みんなまとめるの上手いじゃん!」


「そうかな。」


俺が上手いんじゃない。

コイツが下手だ。

絵に描いたような堅物のコイツは1週間足らずで既にクラスメイトの不評を買っているのだから。


「明るくて面白いし、みんなに好かれてる。」


『そう見せているだけだ。』


自分の中で声が聞こえた気がした。


「そんなことないよ。」


コイツは俺に気があるのだろうか。


「じゃあまたあとでね。」


高宮は女子トイレへ向かった。


俺が用を足していると、小野寺が隣に並んだ。


「ウッチャン、高宮好きなん?」


「高宮さん?なんで?」


「いつも一緒にいるし。」


「学級委員関係でね。」


嫌われ者の彼女が誰かといるとなったら、俺ってだけだ。

好きでいるわけではない。

仕事だ。


「高宮は好きだと思うんだよなー。」


「そうかな?」


「だってウッチャンと話すの、楽しそうだもん。」


———お前らが露骨に嫌がるからな。


「……そうなのかな?」


「絶対そうだよ!」

「でも高宮に好かれても、ウッチャンは迷惑か!」


「基本いい子だよ。真面目すぎるとこがあるだけ。」


「あー庇った。好きなんだろー!」


———だるっ。


「そんなんじゃないって!」


俺は笑って言う。


「冗談、冗談。」

「俺、先戻るね!」


高宮が嫌われることで、俺は何もしないでも株が上がる。

見て見ぬふりをしていた。

……俺の方が酷いのかもしれない。



——————



授業は終わり、部活が始まる。


サッカーは好きだが部活は嫌いだ。


1つ、2つしか違わないやつが、やたら偉そうにしている。

モチベーションの違いも関係ない。

上を目指すことだけが正しいらしい。


「もっと走らんか!」


今日も顧問の山本の罵声が飛び交う。


これの何が楽しいのか。

俺にはわからない。


「ウッチャン。」


呼び出し。

なんかやったっけ?


「はい!なんでしょうか!」


……軍隊か。


「今日調子いいな。頑張れよ!」


「はい!ありがとうございます!」


そんなことでいちいち呼び出す必要があったのか。

部活への苛立ちを込めてやっていたら、褒められた。

皮肉なもんだな。

うまくやるほど、“本物”から遠ざかっていく。

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