1話 東に沈む
春の風が、やけに優しくて気持ち悪い。
マルボロを咥えて、深く吸い込んだ。
きっと、何かは良かったはずだ。
今となっては、もうわからない。
ただ、時間は潰れる。
西に沈む太陽を眺めていると、バカボンの歌がよぎる。
——東に沈む太陽なんて、あるわけないのに。
……別に、いいか。
「おーい、蓮。そろそろ行くぞ。」
吸いかけを潰して捨てる。
中古で買ったポンコツ車には、機材がパンパンに積まれていて、4人座るのでギリギリだった。
運転席の類に聞く。
「あとどんくらいで東京?」
「今、3/1。」
類は前を見たまま言う。
「お前が寝てる間に、結構進んだ。」
シートベルトを締めながら笑う康成。
「そうか。夕日になってるもんな。」
赤い光が車内に落ちる。
「やっぱバカボンの歌って嘘だったんだな。」
いつも通り俺のつまらない呟きはメンバーに無視される。
「どんな歌だっけ?」
痺れを切らし康成がわざとらしく聞く。
———もう少し早く聞けよ。
「太陽は西から昇って東に沈むやつ。」
「お前、それネタ古いって。」
楓が呆れる。
———お前も知ってんじゃん。
「へー、そんな歌あるんだ。」
ウィンストンを咥えた類は興味なさそうに言う。
———知らんなら許す。
「まあ俺らの世代じゃないしな。」
結局、康成が説明を始める。
———やっぱ知ってんじゃねえか。
「つーかこの前のライブ、リードでかいって。」
類が蒸し返す。
「そのくらい上げねえと埋もれるだろ!」
楓の沸点は低い。
「バンドだぞ!バランス崩れたら終わりだって。」
「蓮介は?」
雑に振られる。
「うーん。イヤモニで調整できるし、歌うには問題なかったけど。」
「そういう話じゃねえ。」
類が舌打ちする。
「楓に負けないようにやればいいっていうか。」
「もういい。」
康成が間に入る。
「楓のギターは武器だけど、少し削った方がいいかもな。」
空気が少しだけ落ち着く。
「わかったよ。」
「てか康成、ベースもっと上げてよくね?」
「それはまた合わせる。」
康成は流す。
「ほんとお前、作って歌って以外からっきしだな。」
類が笑う。
「理論とか分からんっちゃんね。」
つい方言が混じる。誰も気にしない。
「てかさ、やっぱダイヤモンドだよな。」
俺は宙を見上げて言う。
「何が?」
「バンド。削り合って、形になるっていうか。」
「ダイヤモンドはダイヤモンドでしか削れねえか?」
康成が笑う。
俺は何も言わない。
「相変わらず変なこと考えるな。」
「ガキの頃からさ。」
——————
「てか東京1発目のライブってどこなん?」
「高円寺のoriginってとこ。」
楓の問いに康成が答える。
地元福岡じゃそこそこ名は知れていて拠点のライブハウスがあった俺たちも、東京へ行けばただのバンドAでしかない。
拠点にするライブハウスは重要だ。
「俺は新宿のmirrorがいい気がする。」
類は新しい物好きだ。
「あそこは演出に凝ってる感じが、俺たちっぽくないだろ。」
楓はさっきの仕返しとばかりに言う。
「3つ目は?」
「新宿PARO!」
俺は威勢よく言う。
「珍しいな。お前、ハコとか興味あったっけ?」
類が笑う。
「櫛田のおっちゃんが、イチオシしてくれたしな。」
「お前あの人好きすぎだろ。」
「え、めっちゃ良くしてくれたじゃん。」
「今回のハコだって全部おっちゃんの紹介だろ?」
「別に信頼してねえわけじゃねえけど、あのクセツヨ店長のイチオシって。」
「確かに。俺もあんま得意じゃねーな。」
初めて類と楓の意見が合う。
「えー面白えじゃん!」
「あの人とウマがあったのは、お前だけだよ」
康成は笑う。
「……」
変わり者だった。
でも、嫌いじゃなかった。
「腹減ったな。」
楓がつぶやく。
「そろそろ飯にしようか。次で運転手交代で。」
康成はそう告げた。
「次、左にコンビニが来たら止まるわ。」
——————
「コンビニ全然来ねえじゃねえか!」
類は溜まっていたものを吐き出す。
笑いを堪えるのに必死だった。
窓の外は木に覆われていた。
「おい。時間的にも交代だろ!」
「いや、自分で言ったことはやるべきだな。」
楓は意地悪く告げる。
「そうだな。」
康成と俺も同調する。
類はため息を吐きながらハンドルを握る。
「おいあれ!コンビニだろ。」
「ダメだな。」
楓が俺を見る。
「右だな。」
「……」
そんなやり取りを繰り返しているうちに、灯りが増えていく。
気づけば、街灯の多い場所に出ていた。
「最悪。」
類は肩を落とす。
「お前が決めたんだから。」
こういう時の楓は、抜群にいい顔している。
「覚えとけよ。」
それぞれ飯を買って、適当に座って食べる。
走行音に、言葉がかき消される。
街灯だけで薄暗くなった近くの公園を眺めていると、小さく揺れるブランコに一つ小さな影が映った。
迷子かな。
『またおせっかいか。』
頭の中で声がする。
『ほっとけ、関係ない。』
うるさい。
『助けて何の徳があんだよ。』
黙れ。
『偽善者だな』
———黙れ!
気づいたら俺は子供の前に立っていた。
『あーあ。』
目線を合わせ話しかける。
「どうした?」
『放っとけ』
「……」
「……家に帰りたくないのか?」
子供は初めて首を振る。
「……迷子か。」
『どう見てもそうだろ。』
子供は小さく頷いた。
「わかった。俺が交番まで連れていくよ。」
———「どうした?」
振り返ると3人が立っていた。
子供の表情が引き攣る。
そりゃそうか。
泣く子も黙りそうな見た目ではある。
「迷子らしい。交番まで連れてく。」
『そこまでする義理はない』
……そうかもしれない。
「俺も付いていこう。」
「ここで1人逸れでもしたら面倒だ。」
康成が言う。
「お前ら、車で待っといて。」
「乗せてきゃいいじゃん。」
「前科持ちのバンドマンになりたいのか?」
康成が笑いながら言う。
「確かに。」
2人は車へと向かった。
「じゃあいくか。」
俺たちは数百メートル先の交番を目指して、歩いた。
さっきより、手の力が少しだけ弱くなった。
「なんで迷子になったん?」
手を握ったままきく。
「お友達が先帰っちゃった。」
「そっか。」
「裕樹!」
少し歩いたところで、正面から女性の声が聞こえた。
「ママ!」
俺の手を振り解いて、迷子は胸に飛びつく。
——よかった。……ほんとに、よかった。
子供を抱きしめたままで母親は、こちらを怪訝な表情で見つめる。
「あなた方は?」
「たまたま見つけて交番まで連れていこうと。」
俺たちの元に近づこうとする子供の手を、母親は引っ張った。
「そうですか。ありがとうございました。」
そう言って、子供の手を強く引っ張り足早に去っていった。
子供は笑顔で手を振る。
俺も手を振り返した。
「悪かったな。迷惑かけた。」
「いや別に。」
「かなり時間も食っちまった。」
「まだ間に合うから大丈夫だろ。」
「ごめん。」
「あいつらもわかってるから、何も言わなかったんだと思うぜ。」
「そうかな。」
「普通はこんなことしねえだろ?」
「俺たちを悪人とでも?」
「いや、そうじゃなくて。」
康成は笑う。
「確かに。’‘ここまで’‘はしないかもな。」
「ここまで?」
「普通に見て見ぬ振りする奴もいるだろうし。」
「助けても警察に連絡したり、近くの奴に任せたり。」
「……」
「そこがお前らしいよな。」
「わざわざ交番まで連れてくとか。」
「子供の頃のこと、ちょっと思い出しただけだ。」
「……放っとけなかった。」
「いいんじゃね?」
俺たちは車に乗り込む。
「待たせて、悪かったな。」
そう言ってシートに沈む。
2人は何も言わなかった。
イヤホンをしても、怒鳴り声は消えない。
笑っていれば、捨てられない気がしていた。
目を開ける。
イヤホンを入れる。
RANCIDの「Journey To The End Of The East Bay」。
音の奥で、まだ誰かが怒っている気がした。
目を閉じる。
何かが、ひび割れた気がした。
ずっと前から入っていたヒビだった。




