7話 ズレる現実
「バンド上手く行きそうか?」
親父はタバコを吸いながら聞く。
「まだ微妙だけど部さえできればこっちのもんさ。」
「そうか。」
「この前メンバーでカラオケ行ったけど、もう一人のボーカルのやつは結構上手かったよ。」
「いい声してた?」
「ロックな声じゃないけど上手かったかな。」
「まあ頑張れよ。」
親父は膝に置いたレスポールを軽く鳴らす。
「そういや、うまく弾けんとこがあるっちゃけど。」
「どれ?弾いてみ。」
ギターを手にしてから、親父とこうやって二人で弾く時間が当たり前になった。
言葉を話すよりも、簡単に親父と分かり合えたような気がした。
そんなことをしていたら、時間はすぐに溶けていった。
「母ちゃん、最近どうや?」
帰り際、親父が尋ねる。
「いまだに週一はキレてるけど、大丈夫よ。」
嘘ではない。
そう思いたかった。
「そうか。良かったな。」
親父は珍しく「こっちへ来い」とは言わなかった。
親父と別れて、玄関を開けると靴一つ多かった。
———まだ帰ってなかったのか。
あの男。
タイミング悪く、荷物を持って玄関へ向かってきた。
「久しぶり。蓮介くん。」
「ギター始めたんだ。」
白々しく話しかけてくる。
「帰るんですか。さようなら。」
そう言って部屋へ入った。
吐き気がした。
親父と弾いた後だった。
汚された気がした。
一瞬だけギターが嫌いになりそうだった。
——————
春は終わりを告げて、蒸し暑い教室で飯を食っていると、
「うっちゃん、大ニュース。」
メンバーが教室へ入ってくる。
「なんや。そんな揃って。」
「1組に電子ドラム持っとるやつがおるらしい。」
二宮は言う。
「マジか。カチコムぞ!お前ら!」
おう!とそれぞれ気合を入れた。
「てか、名前聞いた?」
牧野が冷静に突っ込む。
「知らん!電子ドラムくんやろ?」
「ダメだこりゃ」
一斉に笑う。
廊下で聞いたら、そいつは荒田くんと言うらしい。
自然と移動スピードが上がる。
1組のドアを思い切り開けた。
「荒田くんっている?」
周りはざわついている。
「俺に用?」
そこには、毛量が爆発した小太りの男が紙パックの牛乳を飲んでいた。
一瞬、ヤマケンを思い出した。
——————
「てなわけでさ、俺らとバンドやんない?」
相変わらず荒田はストローを咥えたままだ。
「いいよ。」
返事は軽かった。
「マジで!」
一気に一人を除いてテンションが上がる。
「でも俺、漫研だから掛け持ちでいいなら。」
「漫研……?」
飄々としている。
「練習時間は取れそう?」
俺は一度冷静に問う。
一気に熱が下がる。
「あれ月一だから余裕。」
「じゃあ関係ねえじゃん!」
再沸騰。
「これで部が作れるな。」
牧野が俺に言う。
「ああ。あとは俺に任せろ。」
そう言って俺は一人職員室に向かった。
——————
昼休み中の職員室はクーラーが効いていて涼しかった。
自分たちだけ楽しやがって。
「柿本先生はいますか?」
柿本は愛妻弁当らしきものを置き、めんどくさそうに出てくる。
「どうしたの?」
「部員集まりました。」
「そう。良かったね。」
頭をかきながら言う。
「これで部活やっていいですか?」
「いや、部活にするには承認がいるんだ。」
「体育の飯島先生。分かるね?」
よりにもよって最悪だった。
あだ名は鬼軍曹。
「わかりました。今どこに?」
「多分、体育教官室に。」
「ありがとうございます。」
後ろを振り返るとメンバーが扉越しに見ていた。
「えー!軍曹のとこ!?」
全員が嫌そうな顔をする。
そもそも着いて来いなんて言ってない。
「俺らその辺で待ってるわ。」
そう言って全員逃げていった。
腰抜けどもめ。
俺はまた一人で体育教官室へ向かった。
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体育教官室は蒸し暑かった。
クーラーが効いていないことより、むさ苦しい男性教師が狭い部屋に居座っているからかもしれない。
「なんかようか。」
うちわで仰ぎながら軍曹は聞く。
「部活を作りたくて。」
「ああ、もう今年の申請は終わったよ。」
軍曹は間抜けな声で言った。
「え?」
「もう先生たちの顧問の割り振りしたしさ。」
「掛け持ちとかは?」
「うちはしてない。」
「じゃあ顧問はなしで、自分たちで頑張ります。」
「それは無理なんよ。」
「じゃあ場所だけでも。」
「部じゃないとかせん。」
「そこをなんとか!」
「無理なもんは無理なんよ。」
「今年は諦めて。」
軍曹はだるそうに言った。
「わかりました。」
振り絞るように言った。
「ごめんね〜。」
軍曹は授業中では見せない笑顔で手を振っていた。
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「マジか。」
渡り廊下で待っていたメンバーに話すと、それ以外言葉が出なかった。
「じゃあ、俺はいいや。」
切り出したのは二宮だった。
蘭丸が続く。
「俺も。なんか違った。」
「じゃあ、この話なし?」
荒田は飄々と終わりの宣言をする。
「ちょっと待ってよ!」
「外バンって選択肢もあるじゃん。」
牧野は一人食い下がっていた。
「うっちゃんもなんとか言ってよ。」
「悪い。今は考えられねえ。」
振り絞った。
「今止めないと、もう終わりだって!」
牧野の声だけが響いた。
一人また一人と教室に戻って行く。
牧野は少しその場に立ち尽くしていたが、そのうち俯いて去っていった。
俺一人だけが残った。
こうしてバンドは昼休みに結成して解散までした。
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帰り道は、死ななかっただけ良かったと思う。
電柱にぶつかりそうになるわ、信号無視しそうになるわ。
もう今日は寝よう。
「ただいま。」
重いドアを開ける。
「おかえり。」
男の声。
その瞬間、現実に引き戻された。
———なんでいる。
「どうも。」
とりあえずそう言って自分の部屋に籠る。
その日は男が帰るまで一回も部屋を出なかった。
———ガタン。
玄関のドアが閉まる音がする。
俺は自分の部屋のドアを蹴破り、母を問い詰める。
「平日なのになんであいつがいるんだよ!」
「仕方ないでしょ!来たいって言ったから。」
「連れて来んなって言ったやろ!」
「あんたこの前は来ていいって言ったやんね!」
こいつは都合よく解釈しすぎだ。
「あんときは今週だけってことやろうが!」
「母さんにも人生があると!」
……今なんて。
「……再婚する気なん?」
恐る恐る聞く。
「母さん一人じゃしんどいと。」
母はつぶやく。
「ふざけんなよ!住めるかよ!あんなやつと!」
「そろそろ、あんたも受け入れなさい!」
「俺の親父は一人だけだ!」
「他のやつを家族とは認めねえ!」
そう言って家を飛び出した。
久しぶりの野宿だった。
最近は親父とギターばかり弾いていた。
そうか。
あいつ、ずっと来てたのか。
『やっと気づいたか。バカが。』




